ほしのほんだな

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【原文录入】小説 仮面ライダーW~Zを継ぐ者~(二)

原作:三条陸
录入:vega
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「……どーだ、相棒。大丈夫かあ?」

翔太郎の声がかなり聞き取れる。ぼくは安堵した。

一夜明けた翌日。昼過ぎのZENONホテル三五0一号室。

ぼくは翔太郎に経過を電話連絡していた。

「そっちこそどうだい?」

「……全然いけねぇや。多少マシになったのは声だけだ。

こうしてしゃべってるだけでも、のどの中に画鋲が入ってるみてえに痛てえ」

「メールにしようか?」

「いや、気にすんな。おまえの生の言葉で聞かせてくれ。

リボルギャリー、出てったな……?」

「ああ、今亜樹ちゃんが隠してくれている。

森の一角にちょうどいいスペースがあった」

ぼくらは早朝にスタッグフォンでリボルギャリーをこちらに呼び寄せていた。

全長十三メートルにも及ぶ巨大装甲車を目立たないところに置くのも難儀だ。

亜樹ちゃんが子山の麓の車道付近にちょうど良い隠し場所を見つけれくれた。

ぼくがスタッグフォンでそのポイントへの到着を指示したのだ。

今ごろ亜樹ちゃんがフードや付近の枝などでカムフラージュを終えているころだろう。

「『この山の木、パキパキ折れるから隠すのも楽ぅ!』とか言ってたよ。

手慣れたもんだね、我らが所長は」

「ふん。俺のほうに来る連絡は、『フィリップ君のほうが全然楽ぅ!』とか、そんなんばっかだぜ」

「ふふっ。ぼくももう一度、禅空寺の兄弟たちに面会したよ」

「どうだった?」

ぼくは翔太郎に朝からの行動を説明した。


まずは禅空寺俊英との朝食だった。

このタイミングで無ければ話せない、と言われ一人で行って驚いた。

巨大なホテルのラウンジにぼくと彼、そして妻の禅空寺朝美の三人だけ。

驚くぐらいの豪勢な食事が次々と出てきた。

それは俊英の昨日つぶれた夕食会のリベンジに思えた。

ぼくという外からの異分子に対し、自分の権力を誇示せずにはおれないのだろう。

改めて幾度かの襲撃、そして昨日の様子、さらには脅迫者の心当たりを聞いた。

だが、特別新しいこともわからなかった。

一つだけ気になっていたことがある。それは幾度かの襲撃で俊英が受けた傷がいずれも軽傷だったことだ。それを問うと、俊英は卑屈に笑ってから上目遣いで答えた。

「重傷であるべきだった、とおっしゃるんですか、左君。

疑うべきはほかにいると思いますがね」

俊英は「君はどうぞ、このままごゆっくり」と言い残すと、朝食を唐突に切り上げて席を立った。あわててあとを追った朝美が近くに寄ると、鋭い一瞥を返した。

「人前で側に立つな」

小さく、だがドスをきかせて朝美に言った。

朝美はびくっとして側から離れた。

「申し訳ございません。ああいう気性な人なので……」

朝美はぼくに小声で告げた。本当に済まなそうな表情だった。

右目の下の泣きぼくろがより彼女を儚げなムードに見せていた。

朝美は一礼し、俊英のあとを追った。

たしかに朝美も身長は百七センチ近くありそうだ。俊英と並ぶと彼の小柄さが目立つ。

以前、地球(ほし)の本棚を検索して世界中の独裁者の特徴を調べたことがあるが、小柄であったり、声が高かったり、色白だったりと「男性的で無い」者ほど独裁傾向が高くなるようだ。

負い目が自身の過剰なアピールに表れ、周囲を破壊的に扱う傾向が強くなるのだろうか。

そもそも最初の点数の料理で満腹だったぼくも、すかさずラウンジをあとにした。


そのあとの禅空寺麗子との会見はもっと強烈だった。

呼ばれた部屋に一人で入るや、そこに水着の麗子が待ち構えていた。

今日は午後から広報用の撮影があるらしく、麗子はプールのイメージカラーのマリンブルーのビキニを試着し、髪を整えていた。

そんな半裸に近い女性と狭い部屋で顔を突き合わせる羽目となった。

これほど面積の少ない水着を、しかも間近で見るのは初めてだ。

「悪いわね、どうにも時間が取れなくて」

この時間をわざわざ割り当てるのもどうかと思う。

一通りの質問をしたが、当たり障りの無い答えしか返ってこない。

彼女はポージングの検討に余念がなかった。

ときたま、ぼくに極端に顔を近づけたり、大きな胸を触れる寸前ぐらいまで接近させてきたりした。

ぼくの困惑する様を拝んでやろうという彼女の意図が透けて見える。

腹立たしいのもあり、好みでもない女性のそうした挙動になど興味が湧かないのもありで、ぼくはずっと平静を装った。

「……つまらない坊や。せっかくのサービスタイムだったのに」

麗子は興ざめしたのか、とっとと話を切り上げてローブを羽織った。

「言っておくけど犯人はあたしじゃないわよ。

ほかに当たってみるところがあるんじゃないのかしら?」

麗子は部屋を出て行った。出際に彼女を待ち構えていた新藤敦が覗き込んだ。

麗子とともに去ったかと思いやき、新藤だけがひょいっと顔を出して言った。

「女王様のご機嫌はもっとうまくとれよ、坊主。俺みたいにさ」

卑屈な笑顔のまま、新藤は去った。


「つまりだ」聞き終えた翔太郎が言った。

「王様と女王様のアピールタイムに半日つぶされたってわけか」

「そう。さすが兄弟、行動の本質がそっくりだったよ。

共通するのは自己顕示。そして自分に媚びない相手に対しての怒りだ。

プラス、どちらもこう言った。

『疑うべきはほかにいる』と……」

「香澄お嬢さんのことだな。

まあ遺産があるんだ。親族はみんな疑われるさ」

「やっぱりそこか……自分以外の兄弟を殺害するための狂言……」

「おまえの直感はどうなんだ」

えっとなった。

そうだ、そういえば「左翔太郎流」はそうだった。

まずいちばん疑わしい容疑者を直感で選び出す。

「目つきが気に入らねえ」とか「どうも匂うぜ」とかそんな感じだ。

そしてその者の犯行を立証できるよう調査を進めていくのだ。

絶対に違うとわかるまで、その線を曲げない。

もし違っていても、そのおかげですくなくとも一人の容疑者が白になる。

これは我流とは言えない。

翔太郎の好きなハードボイルド探偵小説などでもよく主人公が実践している調査法だ。

彼が鳴海荘吉の背中を見て育ってきたことを考えると、荘吉流であったのかもしれない。

「左翔太郎代理なんだろう。俺っぽく言うとどうだ?」

「ぼくには君のように人間の本質的な部分を感じ取る力は無いよ。

今回は全員が疑わしい。でも強いて言うなら……。

やはり禅空寺俊英だ。

脅迫者のふりをして、兄弟たちを殺害しようとしているじゃないかな。

ズーとの適合率も非常に高い人間と考えられる」

ぼく、というより地球(ほし)の本棚にはDNAレベルの物も含めて人間の身体情報をある程度、数式として測定できる能力が備わっている。

ぼくはこれで容疑者とメモリの適合率を算出できる。

禅空寺俊英の体質データはきわめてズーと相性の良いものだった。

「香澄お嬢さんはどうだ」

ぼくは少し答えを迷った。

「信じたい……と思っている」

「だったら信じきれよ。

『疑い抜いて、信じきる』ってのが俺のやり方だ」

「容疑者と依頼人をそれぞれ、ってことかい?」

「そうとも。まずそうしなきゃ俺は踏ん張れねえ。

そりゃ依頼人が犯人だったこともあるが、そんときゃ仕方ねえ。

自分の勘の鈍さを呪うだけさ。

でも一度敵を疑い抜いて、一度味方を信じ抜かなきゃはじまんねえじゃねえか」

「たしかにそうだね。

……ありがとう、翔太郎。また連絡する」

ぼくは通話を切った。

勇んで探偵交代を申し出たのに、結果病人の翔太郎に元気づけられて申し訳ない気がした。

もし翔太郎が健在ならすでに彼特有の直感でだれかに目星を付けていたかもしれない。

直接、対象の人間を翔太郎が見られないというのが痛い。

彼が現場で直感をぞんぶんに生かし、ぼくが冷徹にガレージでそれを分析する。

いつもの二人の関係がいかにベストバランスであったかを早くも痛感しはじめていた。


時計を見た。そろそろ一時になる。

亜樹ちゃんは禅空寺家の人間関係を洗いに、事務所付近の情報屋に連絡をしたり、この近辺で情報収集をしたりで別行動になっている。

さっきから続々と関係者の資料がスタッグフォンにメールで届いている。

ぼくらは新藤敦の素性などをまったく詳しく知らないのだ。これは助かる。

照井竜たち超常犯罪捜査課は屋敷の立ち入り調査中だ。

兄弟たちがずべてホテルに来ているのもそのためだろう。

自分はどうしよう……そう思ったときだ。

ここに来たときから気になっている物が視界に入ってきた。

眼下に広がる親子山。その親山にそびえ立つ黒い建物。

禅空寺俊英に聞いても相変わらず、

「代々の別荘的な建物。今は廃棄されている」

という気の無い答えしか返ってこない。

自然と身体が動きはじめていた。


一方、事務所のベッドの翔太郎も亜樹ちゃんからメールで受け取った関係者の資料をチラチラと眺めていたという。

そのとき、関係者の一人の顔を見て何かふと閃く物があった。

だが翔太郎はいつもの状態では無かった。

またも急激に襲った悪寒、目眩いが彼を自然と眠りに誘った。


数十分後。ぼくは山道を歩いていた。

例の黒い建物へと続く、親山の山道である。舗装され、車も通れる子山の山道と違い、ここはほぼ完全な登山道と呼んでいい道だった。

ようやく中腹あたり。スッと崖に立ってみた。ホテルや屋敷から眺めるのとはまた別のアングルで風都海岸の景観が見えた。

不思議なものでここから見ると、今までは気にならなかったホテルや各施設が何か異様に目立つ気がしていた。

自然の側からのアングル、という感じだった。白いZENONリゾートの施設が「こちら側」に食い込んできているかのような見え方をしていた。

「こうして見るとホテルは邪魔だな」

つい口に出してつぶやいた。

「君は兄たちの敵、という解釈でいいのかしら、翔太郎君」

声を聞いて、あわてて振り向いた。

やや上方の道に香澄さんが立っていた。

だが一見してもわからなかったかもしれない。

彼女はいつものドレスアップした姿では無かった。登山仕様というべきか。

鍔の小さめの帽子にジーンズ地のパンツやジャケットを身につけていた。

「香澄さん、どうしてここに?」

「こっちの台詞よ」

「あの建物を見たいと思ったんだ。お兄さんに聞いても相手にしてくれなくてね」

ぼくは黒い建物を指差した。香澄さんはふーんという顔でうなずいた。

「ちょうどいいわ。私も行くところ。

所有者といっしょなら中も見られますわよ」

香澄さんは懐から鍵を出してみせた。そうだ、この山もあの建物も彼女の物だった。

「いいのかい?」

「もちろん。ついてこれたらの話だけど。

ここからの急勾配は見た目よりずっとキツいから」

そう言うと香澄さんはそそくさと歩き出した。

また勝手に文化系のように決めつけられた。

ぼくは少しムキになって登る速度を上げた。

たしかに上に行くほど道は狭くなり、勾配はきつくなっていった。

香澄さんがここにふさわしい格好で来るわけだ。

ぼくは必死に涼しい顔をつくり、ときにはひょいひょいっと斜面をショートカットして彼女を抜いた。

彼女もおもしろいぐらいに呼応した。

道慣れしている彼女のほうがおおかたの局面でぼくを引き離した。

ようやく親山の斜面を越え、山頂部に近くなった。

勾配が無くなり、木々の向こうに黒い建物のとんがり頭だけが見えた。

ぼくたちは息も荒くその場にへたり込んだ。

どちらともなく笑いはじめた。

「ははっ、意地っ張りだなあ」

「どちらが?ふふっ」

ぼくは帽子を取って汗を拭いた。

香澄さんも同じことをした。

うっすらと濡れたうなじが美しく見えた。

そのとき、帽子におさまっていた亜麻色の髪の毛がさらっと流れ垂れ下がった。

ぼくはその香澄さんを見て、あっと思った。

髪の色こそ違えど、それはポストカードの若菜さんのストレートヘアと同じ髪型だった。

「その髪型……」

香澄さんがフフッと笑った。気づいた?という顔だった。

「この髪型のほうが翔太郎君のモチベーションが上がるんでしょ?」

「か、からかわないでくれたまえ」

やはり禅空寺の女性だ。挑発に関してはエキスパートだ。

極小のビキニで待ち構えているよりはマシだが。

「あら、私には似合わない?」

「そんなことは無い。

むしろ今までの君でいちばんいい。ファッションも含めてね」

思ったとおりを正直に言ったつもりだった。

だが、ぼくをからかうモードだった香澄さんのトーンが急に落ちた。

会話が途絶えてしまった。

あれ?どうしたんだろう。

完全に弱みを握られた、と思っていたぼくは追撃がこないので拍子抜けしていた。


そのとき、鳥の羽ばたきが聞こえた。

ズーの襲撃を頭に置いていたぼくは一瞬驚いたが、すぐにそれが小さな本物の鳥の音とわかった。付近の枝に一羽の鳥が止まっていた。

「モズだ。アカモズだね」

ぼくの一言に香澄さんは驚いたような顔をした。

「よく一目でわかったわね」

「絶滅危惧種だろう?以前興味を持って調べたことがある。

本物は初めて見た……」

彼女は信じないだろうが、ぼくはおそらく絶滅危惧種に関しては世界一詳しい。

もちろん地球(ほし)の本棚で閲覧したからだ。

それだけじゃない、「たこ焼き」にも「餅」にも世界一詳しいと思う。


ぼくは一つ興味を持つとどうしてもその知的好奇心を抑えられないのだ。

何日も不眠不休で検索にはまり続け、あらゆる活動に支障をきたす。

翔太郎は「知識の暴走特急」と呼んで恐れる現象だ。

最近では注意するようにしているが、こればかりはいつどこで発動するかわからない。


もう一つ、警戒すべきは「無知」だ。

過去の記憶が無く、組織の実験場でガイアメモリ製作の生体部品のような扱いを受けてきたぼくは、世間の人間がだれでも知っている常識を知らない。

なにしろ地球(ほし)の本棚は膨大だ。当然すべてを閲覧できるはずなどないのだ。

だからだれも知らない専門的な知識を極めているくせに、ぼくは幼児でも知っているようなことを知らなかったりする。

出会ってコンビを組んだころ、「ジャンケン」を知らなかったぼくに翔太郎は驚愕した。

もちろんすぐさま興味を持ってその成り立ち、世界的な三すくみのバリエーション、必勝法などを三日三晩閲覧しまくった。このはまりように翔太郎は二度驚いた。

今でも香澄さんを相手に突然知らないことが出てくるんじゃないかとヒヤヒヤしている。

かなり風都の生活にもなじみ、仲間も増えた今ではさすがに「ジャンケン」級は減ったが油断はできない。


「詳しい人がいて嬉しいわ。兄たちには全部『鳥』だろうから。

ここらへん、よく早贄を見かけるのよ」

「捕まえた虫などの餌を木の枝なんかに刺しておく、あれだね」

言ってから一瞬んっ?となった。

突然鮮烈に昨日のズー・ドーパントの様子が思い起こされた。

警備の人間を屋敷の鉄柵に放り捨てようとして奴はたしかにそう言った。

「ハヤニエにしてくれる」

早贄……そもそもめったなことでは人が口にしない単語に思えた。


考えごとをしているうちにいつの間にかぼくらは黒い建物の付近まで来ていた。

遠くからは教会のようにも見えた、それは古い木造の屋敷だった。

邸宅というよりは半分ロッジに近いような造りに見えた。各部のディテールが相当凝っていて、設計者のセンスを感じる建物だ。老朽化はしているがなかなかに魅力がある。

カチン、と香澄さんが鍵を開けた。

そのスムーズな開閉は意外とこの建物に頻繁に人が出入りしていることを裏付けている。

ぼくは香澄さんに続いて中に入った。彼女が電気をつけるや、周囲が明るくなり薄暗かった部屋のその全貌が窺えた。

ああっ、とぼくはうめいた。


中はすごい数の写真や資料が整然と並んでいた。

資料庫だ。それも半端な数ではない。

狸や狐、リスといったほ乳類、野鳥の類、昆虫、植物、果実、そして海産物。

海に棲む魚類・甲殻類……。驚くほど多岐にわたった物だった。

飾られた写真は多少色あせてはいるが、動物たちの自然な一コマをみごとなまでに躍動的に捉えている。

コケや野草、昆虫など多少の標本もあった。

だが、昆虫や甲殻類などの標本には抜け殻が多く、悪趣味な剥製などはほとんど見受けられない。この所有者の深い自然愛・インテリジェンスが感じられた。

どことなく親近感の湧く部屋だった。まさにぼくの地球(ほし)の本棚に近いものがある。

たまらなくツボを突かれた感じがした。

「すごい……これは個人がまとめたものなのかい?

ぼくはここになら何日でもこもれる自信があるよ!」

ぼくは少し興奮して周囲を見回した。

香澄さんはそんなぼくをしばし見ていたが、やがて口を開いた。

「これはね、すべておじいさま……禅空寺義蔵のまとめた資料なの」

ぼくの動きが止まった。

そうか、そういうことか、大自然の使者とは……!

「生物学の研究は学生時代からのおじいさまの一番の趣味だったそうよ。

ここはそんなおじいさまのための家」

俊英がこの家の話に良い顔をしないわけである。

香澄さんはぼくに語った。


地元の有力者としてこの土地の支配者に納まってからも禅空寺義蔵の生物学研究は続いた。

彼は知った。この風都海岸近辺に棲息する生物たちは、日本全体を見ても驚くほどの種類の豊富さを誇っている。これを乱さないように我々一族は生計を立てていくべきだと。

義蔵は農林水産業のすべてにおいて、乱獲や自然破壊にならないよう一族を厳しく管理してきたのだ。

だが、改革者である息子・惣治の台頭で義蔵は権力の座を追われた。

そしてこの家に閉じこもることが多くなった。


「でも……私はそんなおじいさまの家のほうが好きだった。

兄や姉との小競り合いに疲れた私をおじいさまは温かく迎えてくれた。

そして亡くなるまでの数年間、いろいろ教わったわ。

動物のこと、鳥のこと、虫のこと……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、香澄さん。それはつまり……」

香澄さんはぼくの問いをすべて聞かずに続けた。

「だから私は父に頼み込んでこの山と海岸と家をもらったの。

父はね、言われるほどお金の亡者ではなかったのよ。

一族の繁栄のために仕方なくビジネスを拡大した。

そして、欲深く勝手な一族を束ねるには多少荒々しい手を使わざるを得なかった。

おじいさまもそれがわかっていない人ではなかったわ」

香澄さんの怒りが静かに増していく。

「でも兄と姉は違う。最初から財産があって当然としか考えない。

与えられた取り分の大きさしか考えていない人たちよ。

兄たちに渡したら必ずこの家も自然も奪われてしまう!

渡していけないのよ、あの人たちには!」

「自分でわかっているのかい?

今、香澄さんは……脅迫者と同じことを言っているんだよ」

さすが香澄さんが黙った。

ぼくの心が予想外の事態に混乱し、鼓動が速くなった。

昨日の襲撃時もアリバイが無く……。

祖父・義蔵の信奉者であり……。

自然破壊を推進する兄と姉を憎んでいる……。

あらゆるピースがはまりすぎている。

彼女がドーパントである、という解答に対して……!

古びた匂いが香る部屋に沈黙の空気が流れた。

香澄さんはいつもの強烈な瞳でぼくをずっと見つめていた。

心を試されているような気がした。

なぜか、自然と口をついて言葉が出た。

「ぼくは……君を信じるよ、香澄さん」

えっ、と彼女の表情が崩れた。

「なぜ?あなた、思ったんじゃなくて?

私が犯人なんじゃないか、って……」

「可能性はある。遺産云々よりもそういう動機のほうが説得力も感じる。

でも、君じゃない。そう信じる」

「もう一度、お聞きするわ。

……なぜ?」

「君もぼくを信じてくれたからだ。ぼくも信じるよ。

依頼人はまず信じきる、それが左翔太郎のポリシーだ」

事実だった。受け売りだが、それは翔太郎自身のポリシーなのだから。

ぼくもじっと香澄さんを見つめた。

視線の対決に負けたかのように、香澄さんのほうがフッと目をそらした。

その口元が微笑を漏らした。

「本当に変わってるわ、あなた」

「君が言えることじゃない」ぼくも笑顔を返しながら言った。

「私、本当につきとめてほしいの、犯人を。

おじいさまが生き返ったなんて信じられない。

でも、あまりに犯人の言い分が他人に思えなかった」

「だから言ったんだね。

『もし私が犯人なら、私を捕まえて』、と」

今、初めて彼女の本当の依頼がわかった気がした。

脅迫行為を止めたいのもあるだろう、屋敷の者たちを守りたいのもあるだろう。

だが、彼女の真の欲求は真犯人を知ることなのだ。

彼女自身の中でもその感情が未整理のままだったのかもしれない。

それを見いだして、遂行してあげるのが探偵ではないのか。

「理解したよ、香澄さん。君の望みを叶えるために全力を尽くす」

ぼくたちは見つめ合った。

お互いへの信頼がかすかに上昇した気がした。

そこで、スタッグフォンのコールが鳴った。亜樹ちゃんだ。

「ぼくだ。どうしたんだい、亜樹ちゃん」

耳を当てるや否や、非常時のテンションで亜樹ちゃんの金切り声が聞こえてきた。

「ドーパント出たよ!例の一人動物園!麗子さんが殺されちゃう!」

「!」

ぼくは反射的に香澄さんの顔を見た。


時間は五分ほど前にさかのぼる。

情報収集を終えた亜樹ちゃんはホテルへの帰路についていたらしい。

ぼくが親山の調査に行っていることは連絡済だった。

亜樹ちゃんはその途中で海岸の人だかりに気がついた。

どうやら禅空寺麗子のPR写真の撮影が行われているようだった。

輝くレフ板の向こうに麗子や新藤、そしてホテル関係者たちの人だかりが見えた。

さらにそれを取り巻く警護の警察官たちの中におなじみの赤いジャケットもあった。

「竜くーん」

近づいていくとやはり照井竜、そして真倉刑事もそこにいた。

「やあ所長」

「あー、麗子さんの護衛か。ご苦労様ぁ。あれ。刃野刑事は?」

「ほかの警官たちと禅空寺俊英のほうを見ている」

半身を乗り出しだらしない笑顔で麗子の水着姿を凝視している真倉刑事に気がつき、亜樹ちゃんはその耳元でささやいた。

「マッキーもCEOのほうに行けばあ?」

「うわっ!」夢中だった真倉刑事が耳元の声に焦ってのけぞった。

「お、脅かさないでよ。言っとくけど、俺は刃野さんとの決死のジャンケン七回戦に勝ってここにいるんだ!いわば人生の勝者だよ!」

「どいつもこいつも、ボイン目当てかい!」

と言いつつ、亜樹ちゃんも撮影に目をやった。

禅空寺麗子の圧倒的な肉感は陽光と青い海の中でより強烈にアピールされていた。

「うーん……あるところにはあるもんだねえ……不公平やわ」

「無いところには無いもんねえ」

真倉刑事がうかつな発言をした。

電光石火のスピードでパコン!と亜樹ちゃんのスリッパが真倉刑事に炸裂した。

『禁句を言うたな!』と書かれたスリッパだった。

「このエロ刑事が!チクるぞ!国にチクるぞ!」

亜樹ちゃんの連発がはじまった。

「痛たた!ちょ、ちょっと待って、これはれっきとした公務ですよ!」

撮影スタッフが何事かと亜樹ちゃんたちをチラチラ見た。

「よさないか、二人とも。撮影の邪魔だ」

照井竜が二人を制し、一瞬麗子から目を離したとき、

「うわああああっ!」

複数の人間の悲鳴があがった。

気がつくと麗子の周囲のスタッフ、新藤らがすべてはね飛ばされていた。

驚いた麗子が後ろを振り向き、海のほうを見た。

海中から水柱をあげ、ズー・ドーパントが飛び出した。

照井竜が「!」となったが遅かった。

ズーは麗子を蛇のような触手で縛り上げてしまった。

警官たちは攻撃ができなくなった。

「次は海を汚すつもりか?」

低い声でズーが麗子につぶやいた。

恐怖から悲鳴をあげることもできず麗子が震えた。

「海の恐怖を知るがいい」

ズーはそのまま海に飛び込んだ。触手に引きずられる形で麗子もズルズルと海の中に引き込まれていった。

「モーターボートを用意してこい!早く!」

「は、はいっ!」照井竜の指示で真倉刑事たちは素早くホテル方面に走った。

「所長、フィリップに連絡を!」

照井竜は海中を進む影を追って走り、やや離れた岩場の上に立った。

海岸の人間たちからは姿が隠れる場所であった。

「アクセル!」

照井竜は変身ベルト・アクセルドライバーを装着し、メモリを差し込んだ。

「変ッ……身!」

「アクセル!」ベルトが発動した。

赤い閃光が走った。

海中に飛び込んみながら照井竜は仮面ライダーアクセルに変身した。

以上があとで亜樹ちゃんから聞いた経過だ。

当然このときには亜樹ちゃんにも説明の余裕など無く、ただただ目の前の危機に対する動揺だけが押し寄せてきた。

「竜君が変身して戦ってるの!

このままじゃ麗子さん溺れ死んじゃうよおおっ!」

ぼくはスタッグフォンを閉じた。

「香澄さん、ドーパントに禅空寺麗子が襲われた!」

「えっ!」

「これで君のアリバイはぼくが証明できる。

早くホテルに戻るんだ。いいね」

ぼくは素早く外へと駆け出した。

「翔太郎君!」背後から香澄さんの声が聞こえた。


外へ走り出したぼくはスタッグフォンでまずリボルギャリーとホテルに停車しているハードボイルダーを動かした。自動操縦で両車両が合流できる、海岸にいちばん近いポイントを指定した。

そのあとすぐに翔太郎にコールした。

だが、なかなか出ない。どうしたのか。

ぼくが少し焦っていると翔太郎が出てくれた。

「あ……ああ、フィリップ……すまんっ……」

「変身だ!頼む、翔太郎!」

山道を駆け下りるぼくに追走していたファングが宙を舞い、手におさまった。

ショーカーメモリがベルトに転送されてきた。素早くそれを押し込む。

ファングが跳ねて、変形しぼくの手元におさまった。

「ファング!」

「変身!」

「ファングジョーカー!」

ぼくは急な山道をジャンプしながら変身した。

Wファングジョーカーとなったぼくたちは猛然と木々の間をすり抜け、すさまじいスピードで海岸へと向かって走った。

海中ではアクセルが苦戦していた。

ズーの位置を狙って飛び込んだアクセルは足部裏のロケットブースターを噴射させ、ズーにしがみついた。だが重量が重いアクセルは水中戦には向かない。

見ると猛スピードで進むズーに麗子は水中で引きずられたままになっていた。

このままでは!アクセルが焦った。

なんとかブレードで触手を切断しようと試みた。

突然ズーの顔面に大きな牙が生えた。

頭部をかまれたアクセルはついにズーから引き離されてしまった。

ああっとなりアクセルは手を伸ばした。

ズーは一瞬勝ち誇った。

だが、なんとかぼくたちは間に合った。

アームセイバーが触手を切断、麗子を解放した。

ズーは「ウッ」となり、見やって仰天した。

そこには水中用の装備・ハードスプラッシャーに乗ったぼくたち、Wファングジョーカーが駆けつけていた。

ぼくはアクセルに指で「麗子を救え」と指示した。

アクセルは瞬時に理解し、彼女の救援に向かった。

それを妨害しようとするズーにぼくたちはハードスプラッシャーの小型魚雷を発射した。

水中に巻き起こる爆発。その中から飛び出したズーをスプラッシャーで追撃する。

並ぶように潜航し、体当たりを繰り返しながらWとズーの戦いは続いた。

ハードスプラッシャーのスピードならさすがにズーに負けてはいない。


巨大装甲車リボルギャリーにはハードボイルダー用の換装テールユニットが搭載されている。

緑のユニットは高加速用のダッシュブーストユニット、赤は空中戦用のタービュラーユニット、黄が水中戦用のスプラッシャーユニットである。ハードボイルダーはこの換装によって陸海空どこでも戦える万能バイクなのだ。


それでもズーは強かった。

これはイルカか、それともサメか何かの力なのだろうか。

水中での激突力はハードスプラッシャーのボディがきしむほどのものだった。

「早く決めないとまずい。マキシマム、行けるよね!?」

『あ……ああ……!』

翔太郎の返事が一拍、いつもより遅く返ってきた。

ズーが上方で反転し、こちらに迫ってきた。

ぼくはファングのレバーを素早く三回弾いた。

「ファング・マキシマムドライブ!」

ファングジョーカーの脚部に巨大なブレードが現れた。

ハードスプラッシャーを蹴り、身体を高速回転させた。

それが海中に渦を巻き、ズーの動きを鈍らせた!

「『ファングストライザー!』」

二人の声が合わさり、必殺の回転キックがズーに向かった。

ズーも必死に体勢を立て直し、身体を回転させて爪で突進してきた。

両者の攻撃が激突した。

ぼくはうっとなった。

なにか左右のバランスが悪いと感じたのだ。

翔太郎の側、ジョーカーサイドの力が出しきれていないと思った。

だがどことなく苦しそうだ。

そういえば先ほどからすべてにおいて精彩が無かった。

「翔……太郎……!?」

瞬間、強大なエネルギーが炸裂し、水中で爆発のような現象が起こった。

ぼくはその衝撃と潮流に吹っ飛ばされ、一瞬意識を失った……。


このあと、アクセルは麗子の救出に成功したらしい。

折よく真倉刑事たちのモーターボートが接近、変身を解いた照井竜が麗子を抱きかかえて泳いでいるのを発見した。

照井竜が人工呼吸を試み、麗子はなんとか一命を取り留めた。

麗子は付近の病院に緊急搬送された。


「ううっ……」

ぼくは目を覚ました。そこは海岸線の果て、複雑な入り江と崖が融合した場所だった。

はみ出して繁殖している木々がまだここが人間に整理されていない土地の一部であることを告げている。ということはここは香澄さんの所有地にあたる、ということになるのか。

ぼくの変身は解けていた。

翔太郎の身を案じ、ぼくは電話をかけた。幸いスタッグフォンはどれだけ水に浸かろうと衝撃を受けようとびくともしない。

だが、翔太郎が今度はまったく出てくれない。

「翔太郎?」


そのとき、じつは事務所では翔太郎が昏睡していたのだった。

彼の「人生最大の風邪」はここに最大のピークを迎えていた。

早くぼくのために治さなければと、医者から強めの薬をもらっていたのも間が悪かった。

意識が無くてはいくら精神だけの転送とはいえ、そもそも不可能になる。


ぼくも翔太郎の症状の悪化を予想していた。これは相当まずい。

翔太郎も心配だが、ぼくのほうもだ。

もはやWとして戦う選択肢が完全に無くなってことを自覚していた。

ちゃんとズーは倒せたのだろうか。

いずれにせよ、この複雑な入り江を上に登ることも、泳いで海から陸へ戻ることも困難だ。

自力での帰還は難しそうな気がした。亜樹ちゃんか照井竜に連絡をとる手もあるが、一刻も早くこの場を離れたほうがいいと、直感が教えていた。

スタッグフォンを操作したが、ハードスプラッシャーも応答しない。

激突の際に通信機能でもトラブったのだろうか。

スタッグフォンの操作画面の表示が不可になっている。

「……エクストリームを呼ぼう」

ぼくは意識を集中した。

独特の機械的な鳴き声とともに鳥形のメモリが飛来した。

これがエクストリームメモリ。

ファングと並ぶぼくの守護者であり、W究極の形態への鍵でもある。


エクストリームの最大の特徴はぼくをデータに変換して完全に収納できてしまうことだ。

つまりこのメモリに吸収されれば、ぼくはどこへでも移動できる。

この能力がぼくと翔太郎を「完全なるW」へと導いてくれる。

もっとも翔太郎不在の今、そのWの力は使いようがない。

ある種の脱出装置として機能してもらうんみだ。

飛来したエクストリームがぼくに近づき、その緑色の光でぼくを包み込もうとした。

そこへ何かが飛び込んで来た。

その黒い何かの影は、ほぼエクストリームと同じサイズだった。

いきなりその影はエクストリームに「くらいついた」。

エクストリームの翼の一部がかみ砕かれ、飛行を保てず地面に落ちた。

そのとき初めて襲撃者の全貌が見えた。

ぼくは驚いて、もう一度目を凝らした。

黒いファングのように見えたからだ。

ファングのように洗練されてはいないが、そのフレーム構造・デザインはまさに「機獣」だった。ガイアメモリの胴体にライブフレームの手足が装着されている。

恐竜というより狼に近いが、コンセプトが同一なのは間違いない。

胴体部分のメモリには、遠巻きに「Z」の文字が見えた。

これだ、これがズーなのだ!

ズーはファングと同じように「動き回るメモリ」だったのである。

これでは捜索しても絶対に見つからないだろう。

そして、犯人がまだ無事であることも証明されてしまった。

「ファング、来てくれ!」

ぼくの呼び声に崖の上からファングが飛び出した。

ズーメモリをエクストリームから引きはがそうと戦いを挑んだ。

ぼくは犯人の姿を探し、周囲を窺った。

と、洞窟のように切れ込んだ岩場の奥に人影が見えた。

そいつがゆらりとこっちに近づいてきた。

「おまえがズーの正体か?」ぼくは問いかけた。

「ズー?違うな」

ズーのしゃがれた声ではなかった。朗々たる男性の声に聞こえた。

ぼくがえっとなる中、そいつは姿を現した。

ドーパントが立っていた!

「別の……ドーパント!」

新たな敵の出現にぼくは戦慄した。

たしかにそいつはズーとはまったく違っていた。

全身は真っ黒。なんの差し色も無い。しかもディテールもほとんどない。

ドーパントとしての特徴をかろうじて顔面に残しているが、それも鋭い輝く二つの目のみ。

鼻も無ければ口も無い。胸の中央のくぼんだ円以外は目立つパーツなど一つもない。

まだらでハイディテールなズーとは対照的な存在だった。

「Wだな、おまえ」

ぼくの戦慄はさらに高まった。

ぼくらを「仮面ライダー」ではなくいきなりWと呼ぶ相手の危険度は高い。

組織の情報にかなり近い人間である証拠だからだ。

黒いドーパントが迫ってきた。

「ファング!そいつを攻撃しろ!」

ファングはズーメモリへの攻撃をやめ、新たなドーパントに向かった。

それはズーがエクストリームを離し、逃亡するのとほぼ同じタイミングだった。

エクストリームは翼のバランスを失い、地面に不時着した。

ファングが咆哮とともにドーパントに飛びかかった。

ドーパントが軽く掌(て)を上げてガードした。

すると、どうしたことだろう。ファングが突然脱力した。

パタリとファングは地面に落ちて動かなくなった。

何が起こったのか、まったくわからなかった。

「俺が触れた物は無になる」

ドーパントが笑いを含みながらつぶやいた。

だめだ。ぼくを守る者はもうだれもいない。

もうあとずさりしかできなかった。

ドーパントがスッと手を上げた。

その瞬間、銃撃音が響いた。

黒いドーパントは上方からの銃撃をくらい、見上げた。

そこには赤い銃を構えた、全身黒ずくめの女がいた。

目深にかぶった黒い帽子の下は包帯の巻かれた顔にサングラス。

こんな格好をしている人間はまずほかにはいない。

ぼくのよく知る人物だった。

「シュラウド!」ぼくは叫んだ。

ぼくたちを陰から支援する謎の存在・シュラウドと呼ばれる女性だった。

シュラウドはぼくに何かを投げた。

宙を舞う銀色の物体をその手でつかんで、ぼくは目を見張った。

それは片側だけスロットがついたダブルドライバーだった。

「ロストドライバー……!」

鳴海荘吉がかつて「スカル」と呼ばれる仮面ライダーに変身したとき、身につけていたと言われるものだ。それと同型の物が今ぼくの手に……!

シュラウドはこくりとうなずいた。

黒いドーパントがぼくに迫ってきた。

シュラウドが発砲するが、最初は奇襲に驚いただけだったのか今度はまったく動じない。

迷っている余裕は無い。

ぼくはドライバーを装着した。

所持しているメモリはサイクロン・ヒート・ルナ。

選択肢は一つしかない。ぼくといちばん相性の良いメモリだ。

「サイクロン!」メモリが鳴った。

ぼくはそれをスロットに装填すると、自分を落ち着かせるように顎に右手を当てた。

「変身!」

その手でそのままスロットを開いた。

「サイクロン!」

緑色の光があふれ、突風が吹き荒れた。

黒いドーパントがムムッと身構えた。

変身が完了すると、ぼくは我が身を見た。

初めて一人で仮面ライダーに変身した。

思わず両手を見た。

Wになったときの視界から見える、左右色違いの手が、今は両方緑色だった。

自分が全身緑一色の仮面ライダーになっていることを自覚した。

風がやみ、首の一本のマフラーがふらりと垂れ下がった。

「貴様は……」ドーパントがつぶやいた。

「今名付けよう……ぼくは……」

一歩歩みでて、胸を張ってぼくは答えた。

「仮面ライダーサイクロンだ……!」


後章 「Zを継ぐ者/大自然の使者」



仮面ライダーサイクロンとなったぼくと、黒いドーパントの戦いがはじまった。

素早く動きで攻撃を繰り出した。

相手が反撃し、格闘戦となる。

互角だ。いや、それ以上だ。

スピードによって研ぎすまされたサイクロンの一撃は、空気による切断力を伴って、ドーパントのボディに切り傷をつけていった。

「こざかしい」

黒いドーパントはポツリと言い放つと、ぼくのパンチを掌(て)で受け止めた。

そのとたん、ムニゥンといった感じの、不思議な音がした。

殴った右腕が突然の脱力感に襲われた。

「!」

見るとだらりと右腕が力を失い、垂れ下がってしまっていた。

まるで自分の腕では無いかのようにぴくりともしない。

これは先ほどのファングと同じ状態だ。

敵の掌がぼくの顔面をつかもうと迫ってきた。

それを半身を反らしてかわし、ぼくはそのまま横に逃れ、相手との距離をとった。

見えた。そして理解した。

全身がシンプルな黒いドーパントの身体の中で、今一瞬見えた掌のみがびっしりとハイディテールで埋め尽くされていた。

それは歪んだ楕円が幾層にも重なり合っているようだった。

俺が触れた物は無になる、と彼は言った。

このドーパントは掌で触れる物のエネルギーをその瞬間にゼロにできるのだ。

やっかいな相手だ。例えば、もしミサイルを打ち込んでもこいつが掌で受けた瞬間にそれはただの鉄の塊に化けるということだ。

「ゼロ……か。おまえのメモリは」

それは推測だったが、この能力の概念を表現する単語がほかに見つからなかった。

「さすがWだ」

ビンゴだ。新たな敵はゼロ・ドーパントだった。

「それがわかるなら、俺にかなわないこともわかるよな……」

じりっ、とゼロが迫り再び猛烈な勢いで掌を突き出してきた。

こちらが勝るのはスピードのみだ。とりあえず掌に触れられることだけは避けねば。

ぼくは大きくジャンプした。

そのときだ、風を受けたぼくの全身に何かが湧き起こるのを感じた。

力だ。力があふれてくる。

見ると脱力していた右腕が急激に回復し、感覚が戻ってきている。

ぼくは着地し、反撃した。

そのスピードの増加にかすかに相手が戸惑った。

バシッ!ドスッ!

掌の攻撃をよけ、ぼくの攻撃が的確にヒットしはじめた。

ぼくは攻撃にジャンプを多く取り入れるようにしてみた。

相手が翻弄されるだけではない。

跳躍するたびに身体に勢いが増している気がしていた。

戦いの中ぼくは原因に気づいた。

風だ。動き回ることにより風が体内に吸収されるのだ。

サイクロンの全身に刻まれたライン、その隙間から終始空気が吸収されていることを知った。そのたびにぼくは力をわずかずつ回復している。

そうだ、これがサイクロンの能力なのだ。今までは半分翔太郎のサイドのメモリと合成されたWだったため、この効能が実感できていなかった。

サイクロンだけの単独戦闘を経験して、初めてその効果が体感できたのである。

とくに格闘戦主体のサイクロンジョーカーにおいて、ぼくと翔太郎はサイクロンのこの見えざるスタミナアップ効果に救われ続けていたわけだ。

ぼくはより高く跳び、より速く動いた。

そのたびにゼロに加えるダメージが増加した。

風が叫ぶ、風が唸る。

ぼくの身体の中で渦を巻き、嵐となる。

大自然のエネルギーがこのぼくの力だ。

香澄さんの山が、海が、味方をしてくれている。

「ムッ!」「グッ!」

相撃ちのような形でぼくとゼロは蹴りをヒットし合い、跳ね退いた。

ぼくとゼロの変身者とでは格闘能力に大きな差があるようだ。

サイクロンの風のアドバンテージがあっても、やはりゼロが勝っていることには変わりはない。ぼくは起死回生の一撃を狙った。

サイクロンメモリを抜き、右腰のマキシムスロットに装填した。

格闘の必殺技はここで発動させるのだ。

「サイクロン・マキシムドライブ!」

全身のパワーが高まり、風の力が一気にふくれあがった。

キック・パンチは敵の掌で受け止められるリスクが大きい。

ぼくが反撃の一撃として選んだ最速でもっともとらえにくい技は「手刀」だった。

敵に向かって風を巻きつつ突進した。

一気に手刀を振り下がろした。ゼロは掌でそれをつかみ止めようとした。

だが、こちらのスピードがわずかに勝った。

ゼロのつかもうとする掌を一瞬早くすり抜け、ぼくの一撃が右肩口にヒットした。

「ぐっ」となり、ゼロが苦悶し、飛び退いた。

右肩を押さえたゼロは、だがまだ戦闘態勢にある。

メモリブレイクには至らなかった。

やはりこちらも多少の恐怖心があったのか、攻撃が浅かったようだ。

「やるねえ。警戒しないといかんな」

ゼロは大きく跳躍すると崖を越え、撤退していった。

逃したが、という気持ちにはならなかった。むしろ助かった。

シュラウドに感謝しなければ……

だが、見渡すとシュラウドの姿が無かった。

ファングのか細い鳴き声がしたような気がして見上げると、いつの間にかシュラウドは地に伏したはずのファング、エクストリームを回収し、崖の上に立っていた。

ぼくの勝利を確認し、そのまま立ち去ろうとしている風だった。

「待ってくれ、シュラウド!」

ぼくは大きくジャンプして崖の上まで跳躍した。


崖はそのまま親山の膝元と直結している。

サイクロンの能力で素早く木を蹴って跳び、ぼくはシュラウドに追いついた。

シュラウドはゆっくりとこちらを向いた。

包帯にサングラスという不気味ないでたち。

まったくの無表情でありながら、この陰の支援者の仕草はそれでもなぜか優雅に見える。

「エクストリームは飛行制御盤に、ファングはエネルギー回路に若干のダメージを受けた。

私は回復させておくわ。この間はロストドライバーで身を守りなさい」

「……あ、ありがとう」

「礼は及ばない。

そもそも左翔太郎が健在ならばこんな危機には陥らない。

私への感謝よりは左翔太郎への失望を感じなさい」


……まただ。シュラウドは翔太郎の価値を非常に低く見ている。

たしかにWがエクストリームに進化した事件で、一時加速度的にぼくの力が上昇してしまい、翔太郎がついてこれずにWが変身不能に陥るという事態が起こった。

シュラウドはWとなってともに戦うパートナーとして翔太郎は限界であり、真のパートナーはほかにいると告げた。それがだれのことなのかはまだわからない。

アクセル・照井竜がそうなのではないかとぼくは見ている。

照井竜にアクセルドライバーなどの武装一式を与えたのもシュラウドだからだ。

だからWとアクセルには装備の互換性がある。

本来ダブルドライバーを持ってぼくの救助に来た鳴海荘吉こそ、ぼくとWになるべき人間だったのかもしれない。荘吉が死に、翔太郎とのWが誕生してしまったことはシュラウドとしては非常に不本意なことだったのだろう。

だが、翔太郎もぼくも、自らの価値、相棒の価値を再び見つめ直し、究極のWに進化することができた。翔太郎はシュラウドの予想を超え、次のステージにたどり着いたのだ。


ぼくはドライバーを閉じて変身を解き、サイクロンメモリを引き抜いた。

再び素顔でシュラウドと見つめ合った。

「今回の探偵交代はぼくのわがままだ。翔太郎はそれを聞き入れ、なおも病の中でぼくを支援してくれている。失望など感じるわけが無い」

「それが彼の甘さよ。自分の状態も顧みず」

「その甘さこそ、ぼくは必要だと考えている。

Wは戦闘マシンであってはならない」

先の事件で落胆する翔太郎に投げかけた言葉を、ぼくはシュラウドにも伝えた。

鳴海荘吉の遺志を継ぐWは、街の陰の守護者だ。

強いだけでも優しいだけでもいけない。両方が必要なのだ。

「……いずれあなたにもわかるわ。究極のWの力を知れば」

シュラウドは背を向けて去っていった。

ぼくの考え方を青臭いと思ったのだろう。彼女の大きな苛立ちを感じた。

だが、不思議だった。その怒りの奥には何かぼくに対する別の感情も秘められているような気がする。翔太郎を否定したからといって、シュラウドを拒絶する気にもならないのは自分が直感的にそれを感じ取っているからではないか?

エクストリームを超える「究極のW」など存在しうるのか?

ぼくは手元のロストドライバーをじっと見た。

先ほどは有り難いと思ったドライバーも、今は妙に気を許せない感じに見えるようになってきた。ここには「不完全な翔太郎と組むぐらいなら一人で仮面ライダーになっていろ」というシュラウドのメッセージが込められているような気がしたからだ。


ぼくは山のほうへ上がるようにしながらホテル方面に帰還していった。

シュラウドが去ったあと、すぐさま亜樹ちゃんに電話連絡し、事態を説明した。

ぼくの無事に安心した亜樹ちゃんは、大急ぎで風都の仲間に連絡した。

もちろん翔太郎の様子を見るためにだ。

彼女自身も今晩は一度電車で戻って様子を見てくると言っていた。

いまだ電話に出ない翔太郎の容態は心配だが、そちらは亜樹ちゃんにまかせよう。


次に照井竜に連絡した。ここでぼくは禅空寺麗子の生存を確認した。

すくなくとも一人、容疑者から外れた。

禅空寺麗子はズーではないし、そのあと現れたゼロでもない。

ここでぼくは嫌なことに気がついた。香澄さんのことだ。

彼女はすくなくともズーではないことがわかった。だが、ぼくが戦いに出てから第二のドーパントが現れた。彼女がゼロではないとはぼくには言い切れない。

なんとかすぐに彼女が弓岡あずさなりだれなりに合流していてくれることを祈った。


ホテルに到着した。

ロビーでは刃野刑事が部下の警官たちをあれこれ手配しているところだった。

「刃野刑事」

「よお。また出やがったんだってな、ドーパント」

「照井竜は?」

「課長なら今病院からこっちに戻ってる」

「禅空寺俊英は?彼はどこです」

「またアリバイ調査ですか、左君」俊英の声がした。

会社の役員たちとともに、彼が現れた。

「さあどうぞ、刑事さん。ご説明を」

俊英は勝ち誇っていた。

「あー、その……」

刃野刑事も「フィリップ君」と言いそうになるのを一度飲み込んで、しかも言いづらそうに口を開いた。

「CEOは今回の件は完全にシロだよ」

「えっ、じゃあ刃野刑事が……」

「そうとも。事件が起こってる時間帯の間はすくなくともずっと俺の視界の中にいた。

社内会議の部屋もガラス張りの防音室にしてもらって外から見てたし、ほかはロビーで商談をいくつかしてただけだ。俺以外にも何人も警察関係者がいた。

こんなにガッチリしたアリバイはあんま無いぜ」

多少残念そうな目線を送ってくる。刃野刑事も俊英があやしいとにらんでいた証拠だ。

すくなくとも俊英はズーではない。

「騒動が起きたあとはどうですか?」

「真倉があわてて連絡してきて、ボートの手配とかを頼んだからなぁ。

そこからあとはバタバタしててわからん」

「それで充分ですよね。私が脅迫者でないことは立証できた」

去ろうとする俊英の右肩をぼくはつかんで止めた。それもやや強く。

「ちょっと待ってください」

「まだ、なんです?何度も言うがほかに疑う相手がいるでしょう?」

「香澄さんのことですか?」

「そのとおり」俊英はぼくの手を払いつつ、笑顔で答えた。

「あいつは祖父にべったりだった。喜んでその名を騙るでしょうよ。

今でも学生気分の、自然愛好者のまま。

将来を見据えて自分の土地を開発することもしない。

使用人の長の弓岡をいまだにあいつの専任にしてるのも、それだけ手がかかるということです。

ま、それに香澄だけ母親が違いますしね」


それは亜樹ちゃんが集めた資料で知っていた。

禅空寺家はとにかく「嫁が居着かない一族」として有名らしい。

禅空寺義蔵の妻は惣治を出産後若くして病死。

惣治の妻・瑞枝は一族の中の有力者の娘だった。

だが自分との結婚は惣治が一族を束ねるための方便に過ぎないと感じた。

彼女は怒り、俊英・麗子を出産後、家を出た。

惣治はその後、だれとの間の子ともわからない香澄を一族に連れ帰った。

香澄は禅空寺の血族とはいえ一人だけ母親が違うのだ。

これも兄と姉が、彼女を快く思わない理由の一つなのだろう。


「父・惣治の子であることは残念ながら証明されています、医学的に。

でも、そんな母親の顔を見たことも無いような妹っていうのも……ねえ。

あいつだけが我が家の中で浮いている。

私にも、麗子にも、犯人は香澄としか思えない」

「だが……彼女は……」

ぼくは彼女のアリバイを知っている。

フォローの言葉を俊英は素早く切った。

「香澄だけですよ、まだ襲われてないのは」

たしかにそれは気になってはいた。

周囲の印象としても非常に良くないだろう。

「では失礼」

俊英は去っていった。またも勝ち誇ったような顔だった。

すくなくとも実の妹が死にかけた直後に、こんな顔ができる男は信用したくない。

しかし、いくらガイアメモリが容易に不可能犯罪を起こせるとはいえ、刃野刑事の証言はかなり決定的だ。ほかのメモリならともかくズーではその状況からは抜け出せない。

そして、ぼくの最初の挙動は別のあることのテストだった。

俊英がゼロだったという想定で右肩に強く触れてみたのだ。

先ほどのサイクロンとの戦いでゼロは右肩口にそれなりの大きな傷を負った。

人間に戻っても傷が残るレベルのダメージであろう。

だが服の真下は明らかに地肌で治療の様子は無かった。なにより俊英はぼくに止められた不快感以外、顔にまったく表情を浮かべなかった。

俊英はゼロでもない。

現状は完全なシロだった。


ぼくは香澄さんに連絡をとった。だが彼女はなぜか出てくれなかった。

弓岡あずさに連絡をとったところ、彼女のほうに戻ってもいなかった。

まさか、あのあと行方が知れないのか……?


ぼくはホテルの外に出ると青いデジカメを取り出し、それで手持ちの資料の香澄さんの写真を撮った。ギジメモリと呼ばれるガイアメモリタイプの思考型AIをそこに差し込む。

「バット!」

デジカメは変形し、蝙蝠の形状をとった。

これはメモリガジェットと呼ばれる捜査ツールの一つ、バットショットである。

このようにギジメモリを装填することでライブモードへと変形、捜査・追跡や戦闘のアシストをこなしてくれる。

メモリガジェットは多数あって、ぼくと翔太郎が愛用しているスタッグフォンもその名のとおりスタッグビートル=クワガタムシのライブモードに変形できる。

だが今連絡ツールに捜査に行かれては困る。

それにバットショットには画像認識能力がある。撮影した写真の顔を記憶し、該当する人物を発見したら通報・追跡してくれるという仕組みだ。

バットショットは翼をはためかせ、夕闇の空へと飛び立っていた。

その光景が昨日の蝙蝠たちの群れの羽ばたきを連想させ、ぼくの嫌な予感は高まった。


ゼロがもしズーの共犯者だとして、それが香澄さんだったとしたら。

するとズーは弓岡あずさか。首謀者はゼロのほうで弓岡はその実行犯。

目的は兄と姉を殺し、祖父の土地を守ること。

アリバイの固い俊英を疑うよりも、妙に筋道の通った推理のような気がしてきた。

そういう気がしてくること自体が嫌だった。


そこにバイクの近づく音がした。

ぼくは物陰に回った。

無人のハードボイルダーがホテルに戻ってきていた。

おそらく海中で孤立していたものをリボルギャリーを駆使してシュラウドが回収してくれたのだろう。そして再び陸上用ユニットに換装して戻ってきたのだ。

スタッグフォンの画面に操作可能の表示が復活している。

シュラウドの陰の支援に感謝はしたが、彼女の目論みとはおそらく逆の気持ちになった。

ぼくはハードボイルダーを見て翔太郎を思い起こした。

今、猛烈に彼に頼りたい気持ちだった。

ぼくは翔太郎に連絡を入れた。だが出ない。

そのとき、いったんコールを切ったこちらが逆にコールを受けた。亜樹ちゃんからだ。

「もしもし、亜樹ちゃん?」

ぼくは電話に出た。

「おー、フィリップ君!翔太郎君、生きてたよー。

今、ちょうどこっちのスタッグフォンが鳴ったからさ」

「良かった。翔太郎がどうだい?話せるかい?」

「え、話したいの?今、ちょうど三人で寝かせたところで」

「三人?だれがいるんだ」

「ウォッチャマンとサンタちゃん」


この妙な名前の二人はクイーンやエリザベスと同じ、翔太郎の支援者の情報屋たちだ。

みんなをまとめて「風都イレギュラーズ」とぼくらは呼んでいる。

イレギュラーズとは有名な古典探偵小説に登場する、主人公の支援者たちの呼び名を頂戴したものだ。


ウォッチャマンは自称・カリスマブロガー。

そのグルメブログは大変なアクセス数を記録しているという。

アフロヘアにヒゲ面の見るからにあやしい外見で、ブログを言い訳に美人の写真を撮りまくっているという説もあるが、基本的に気のいい男だ。

大変な情報通で危険な噂話の類を集めさせたら右に出るものはいない。


サンタちゃんは一年中サンタクロースの格好をしているという怪人物。

しかもスキンヘッドにサングラスなのだから、知らない人が見たら通報間違い無しだ。

そうならないのは彼がサンドイッチマンでつねに看板を持っているからである。

サンタの格好も玩具店の宣伝の仕事がいちばん多いからだ。

不思議なパントマイム風の動きと人柄の良さで、子供たちにも大人気らしい。

彼は街の働く人たちの裏事情に詳しく、翔太郎の調査をいつも助けてくれる。


これに学生ルートの情報網を持つクイーンとエリザベスが加わると街のかなりの人種の動向がつかめる。鳴海探偵事務所にとっては非常に有り難い協力者たちだ。


亜樹ちゃんの連絡でまずウォッチャマンとサンタちゃんが事務所に駆けつけた。

高熱で昏睡している翔太郎を介抱し、サンタちゃんは友人の開業医に頼み込んで往診に来てもらった。

そこに亜樹ちゃんも帰還、ようやく翔太郎の意識が回復し、医者が帰ったところだった。

「急な用でなければ今晩は寝かせといたほうが……あれ、翔太郎君?」

亜樹ちゃんが驚いた。ざわつくウォッチャマンたちの声もする。

「よお、フィリップ」

翔太郎がつらそうな声で電話に出た。

起きてきて亜樹ちゃんから携帯を奪ったようだ。

「翔太郎!大丈夫かい?」

「……まあまあだ」

「つらかったら聞いてくれるだけでいい。

君に言われたことができなくなりつつある。

『疑い抜いて、信じ抜く』……それが……難しくなってきた」

「…………」

「ぼくはどうしたらいい。

どうしたら君のようにそれが貫ける?」

ぼくはすがるような声になっていた。

するとどうしたことだろう。

翔太郎は鼻でフンと笑うような声を出した。

「……おいおい、だらしねぇな、フィリップ」

「えっ?」

「俺は変身の最中にコテッといっちまうような病人だぜ。

休業中の探偵だ。役になんか立つか」

「そんなっ、翔太郎……」

「自分一人で考えろよ。何度も言わすな。

今、探偵は……おまえしかいねえ……ンだ……」

翔太郎は亜樹ちゃんに携帯を戻すとそのまま床に戻っていったようだ。

ぼくが予想外のことに呆然としていると、携帯には亜樹ちゃんが出た。

「あー、もうまたひねたこと言って。ホントは心配なくせに。

じゃあ私、ウォッチャマンたちと情報交換したら一回そっちに戻るね」

電話が切れた。

ぼくは放り出されたような気持ちになって、ホテルの中に入っていった。

翔太郎に見放されたような気がした。

たしかに探偵交代はぼくの言い出したことだ。

でもそれをしないで依頼人を放っておいたほうが良かったというのか。

それこそ翔太郎らしくないではないか。


翔太郎らしい……?

ぼくははっと気づいた。

翔太郎は時として真意とは逆向きの行動をとることがある。それはなんらかの真相にいち早く気づいたときだ。現状の打破に対して必要、と彼なりに決断したときそうなる。

次第に彼の言葉がぼくへのアドバイスと感じられはじめた。

ぼくには素っ気ない態度に聞こえたのだから、逆を返せばぼくへの強いメッセージということになるではないか。

「そうか……」気づいた。

「何度も言わすな。今は探偵はおまえしかいない」……これだ!

大前提を忘れていた。ぼくは今、左翔太郎なのだ。

代役だからできない、では済まされないのだ。

翔太郎ならどうするかを今一度真剣に考えてみた。

その答えなら、つい最近の事件にあったではないか。

翔太郎はぼくとWになれないという危機に陥った。ぼくとの関係はこじれ、自分のミスからみなを危機に陥れた。そのとき、絶望の中で翔太郎が気づいたのは、

「Wになれない俺にはもう探偵しかねえ」

ということだった。

翔太郎は事件の核心に触れるアイテムを必死に探し出し、犯人をつきとめた。それがぼくが彼の真の魅力を知るきっかけになったのだ。


そう、人間は今できることを全力でやるしかないのだ。

楽境だろうと苦境だろうとそれは変わらない。

ぼくは急激に闘志を取り戻した。

とりあえず当たれる選択肢はもう弓岡と新藤敦しかない。


二人の身辺調査だ。それが今、探偵・左翔太郎の代理にできるすべてだ!



夜になっても香澄さんは見つからなかった。

ホテル周辺はちょっとした騒ぎになっていた。

ついに香澄さんも何者かの手に、が半分。

残りの半分は逃走したか、というニュアンスだった。

「逃亡であってほしくはないな……」照井竜の声がした。

病院の警護を真倉刑事たちにまかせ、ホテルに戻ってきていたのだ。

「バットショットから連絡がまだ無い」

「こっちでも探している。落ち着け、フィリップ」

そういって照井竜はポンとぼくの肩を叩いて別のほうへ向かった。


ぼくは弓岡あずさに連絡をとって、ホテルの喫茶ルームで落ち合った。

彼女は明らかに動揺していた。

「左さん、お嬢様は……香澄お嬢様はどこへ……」

いつもの冷徹なムードは真逆の狼狽ぶりを見せていた。

すくなくともこれが演技とは思えない。思いたくなかった。

「今、ぼくも、警察も手を尽くしています。大丈夫、すぐ見つけます」

ぼくは弓岡の手をとり、励ました。

「でも、気になることがあります。教えてください。

弓岡さんは事件のあった時間、どこにいましたか」

「このホテルです」

「証言できる人はいますか?」

「もちろんたくさんの人間に会ってはいますが、事件のとき現場に確実にいなかったと証言できる方はいないと思います」

完全なアリバイは無い、ということになる。

「そうですか。もう一つ気になっているのですが……。

あなたはほかの兄弟の方の事件のときにはこんなに狼狽しませんよね」

弓岡がハッとした。そして静かにうなずいた。

「やはり香澄さんは特別な存在、ということですね」

「禅空寺家に仕える者として問題なのでしょうが……。

香澄お嬢様は……ええ、特別な方です。

私は義蔵様の代からこの家にお仕えしてますから。

香澄お嬢様はご兄弟の中でもいちばん義蔵様を大事に思ってくださる方でした」

「それゆえ、ご兄弟とは対立していますね。彼らは香澄さんが犯人だと思っている。

ぼくはすくなくとも事件のときいっしょにいたので、彼女がズーでないことは証言できます」

「ズー?」

「脅迫者の使っているガイアメモリの名前です」

「そのズーが出たとき、左さんとお嬢様はどこに?」

「禅空寺義蔵の屋敷です」

「ご覧になったのですか、あれを」

「とても価値の高い研究施設だと思います。管理も行き届いている。

香澄さんだけでなく、あなたもお手伝いを?」

「はい。そもそもいちばんあそこを大切に管理していたのは先代の惣治様でした」

なるほど。香澄さんも言っていた。

禅空寺惣治は傍で言われるほど父とは対立していなかったと。

だからこそ自分も大事にしている屋敷と親山を香澄さんに託したのだろう。

「あなたも……」弓岡がぼくを見つめた。

「あなたも香澄お嬢様が犯人だとお思いですか、左さん」

「本人にも言ったが、ぼくは香澄さんを信じます。

それを前提に調査を進めるつもりです」

ぼくはきっぱりと答えた。

弓岡あずさは嬉しそうに微笑んだ。

やはり少しずつでも調査を前進させることは大事だった。

この女性が悪意の人ではないと、感じられるようになった。

残るは新藤敦だ。

「ところで新藤敦の居場所はわかりませんか。

屋敷にもホテルにもいないようなんですが」

「あの方はまだこの家の方ではないですから、予定を把握している者はだれもいません。すくなくともホテルの駐車場にはお車はもうありません」

車が無い?少しひっかかる。

普通に考えば婚約者・麗子のいる病院に行ったということになるのだが、真倉刑事からは来ていない報告を受けている。

まさか……何かがつながった感じがした。

「車種はわかりますか?」

「BMWのオープンカーです、青い……」

「ありがとう!」


新藤敦の車はホテルの駐車場に登録されていた。

ぼくは車種データとナンバーを調べるとそれをスタッグフォンを通じてバットショットに転送した。

捜査項目にさらに付け加えたのだ。

ビンゴだった。

五分もしないうちに、バットショットが車を発見した。

そこは海岸線の東端、子山の道路を抜けたあたりの海に面した崖のようになったところだった。

バットショットから撮影した画像が送られてきた。

そこには闇の中、停車した青いBMWの助手席でうなだれている香澄さんらしき後ろ姿があった。前方には崖が見える。

「見つけた!このことを照井警視にも!」

ぼくは弓岡に言い残して、走り去った。


かつてないぐらいのスピードでぼくはハードボイルダーを疾走させた。

時速二百五十キロは出ていたと思う。完全なるスピード違反だし、仮面ライダーにもなっていないのにこれで転倒したら即死間違い無しだが、そんなことは気にしていられなかった。


ぼくは一直線に崖の突端へと走った。

眼下の岩礁まで相当な高さの崖だ。

前方でヘッドライトの光に顔を覆う新藤敦の姿が見えた。

その腕には眠らされたままの香澄さんが抱かれていた。

香澄さんは昼の登山服のままだった。だが抵抗したのか上着はボロボロに裂かれ、ほぼアンダーシャツだけの上半身となっている。

ぼくは怒りに全身が熱くなるのを感じた。

バイクをそのまま乗り捨てると拳を新藤に叩き付けた。

香澄さんがその場に倒れ伏した。

「このガキ!」

新藤が反撃してきた。

やはり相手が弱そうと見るや強腰で来るタイプだった。

舐めてもらっては困る。

こちらは普段たしかに安楽椅子探偵だが、体力が無いわけじゃない。

ましてやこんな下衆に負けてはいられない。

ぼくは猛烈に何度も新藤を打ち据えた。

予想外の反撃に新藤が狼狽した。

「……ううっ……翔太郎……くん……?」

昏睡していた香澄さんが倒れた拍子に意識を取り戻しはじめた。

「香澄さん!」

ぼくの一瞬の虚を衝き、新藤が懐から何かを出した。

銀のナイフだった。

ぼくはすかさずスタッグフォンにギシメモリを装填した。

「スタッグ!」

携帯が一瞬でクワガタムシの形状に変形した。

スタッグフォンは鋭い顎でナイフをたたき落とした。

そこにさらに空を舞っていたバットショットが急降下した。

ゴン!と新藤の頭に体当たりした。

「ウッ!」

声をあげて新藤は倒れた。

頭を押さえ、その場で悶絶している。

ぼくは彼が逃亡不能と判断すると、香澄さんのところに向かった。

彼女を抱き起こした。

「大丈夫かい、香澄さん」

香澄さんの意識がようやくはっきりしてきた。

潤んだ目をした彼女は何も言わずぼくに抱きついた。

一瞬ドキッとしたが、無理もない。

いくら気丈な彼女でも殺されかかったのだから。

「翔太郎君……」

「もう問題ない。安心して」

「あの男が……新藤が……」

香澄さんが少しずつ記憶をたどるように話してくれた。


事件のとき、下山していた香澄さんを新藤が迎えに来た。

香澄さんは妙だと思った。

自分の婚約者が襲われたのにこっちを迎えに来るなんて。

問いただすと新藤は強硬手段に出た。

なにか布に含ませた薬のようなものを嗅がされ昏倒したという。


新藤はそのあと香澄さんをここに運んだのだ。

そして自殺に見せかけて崖から突き落とそうとした。

再び怒りが湧いてきた。

ぼくは頭を押さえて悶絶する新藤をつかみあげて、激しく揺さ振った。

「なぜこんなことをした!」

「…………」

答えないので顔に肘を一発入れた。こんな奴に手加減など必要無い気がしてきた。

「答えろ。

そもそも婚約者があんな目にあったのに、それを放って何をしている!」

婚約者、という言葉を聞くや、新藤の顔がぼくへの嘲笑とも自嘲ともとれないような表情になった。

「婚約者か。ハッ、そんなもん名ばかりさ。俺はな、麗子の奴隷だよ」

「奴隷?」

「婚約者なんてのは表向き。

俺はもともとただのZENONリゾートの一社員だった。

CEOと麗子に抜擢してもらったんだ。

一族周りの煩わしさを解消するための工作員としてな」

「じゃあ……彼女は……おまえを」

「そうとも、手下としてしか見てねよ。

それどころか、隙があれば香澄ちゃんを落としても構わないって言われてたぜ。

この子、てんで本家に協力しねぇんだもんよ」

香澄さんの表情がこわばった。知ってはいたが自分に対する兄たちの敵意がここまでのものだったとは、彼女も新藤の肉声を聞いて初めて実感したのだろう。

なにより「本家」という言葉にこもった悪意がつらかったに違いない。

同じ兄弟なのに「分家」呼ばわりされているのに等しい。

「ところがやたらガード固いんだ、こいつ。

ガード固い女は幸せになれねーよな、へへへっ」

ぼくはまた新藤の顔面を殴った。もうこの下衆の余計な話は聞きたくない。

聞くべきことはたった一つだった。

「だれの命令だ?」

「…………」

「禅空寺麗子は病院だ。

事件後間髪入れずにおまえに殺人指令を出せる奴は一人だけだ」

そう、禅空寺俊英だ。

ナイフがあるのに即死させようとせず、あくまで逃走後の自殺に見せかけようとするからには、それなりの計画性が感じられる。

その計画とは遺産の横取りにほかならないはずだ。

「ぼくは警察じゃない。黙秘権が通じると思うな。

その気になれば世界一拷問に詳しい人間にだってなれるんだぞ」

香澄さんを殺されかけ、ぼくはかなり過激になっていた。

ぼくの目つきが本気であることを新藤も察したのだろう。

卑屈な目で見上げつつ何か口走ろうとしたときだった。

銀色の光が走った。ぼくは反射的にあとずさった。

ドスッ!

新藤敦の背中に無骨な宝刀のようなものが突き刺さっていた。

前のめりになって新藤は倒れた。

明らかに即死とわかった。

香澄さんが小さく悲鳴をあげた。 

ぼくは倒れた新藤の背後に立った人影を見た。

まさにそいつは凶器を左手で投げ終わったところだった。

見やってその姿に愕然となった。

シャープで精悍な顔立ちの男だった。

その瞳は糸のように細く、薄い唇にクールな微笑が浮かんでいた。

だが注目すべきはその男の服だった。

黒いスーツに白いスカーフ。

よく話題にのぼる組織の構成員と彼は同じいでたちをしていた。

「ナイシュー。

きき腕じゃない割にはうまく当たった」

男はつぶやくと右肩を押さえた。

「まさか、おまえは……!」

「よお、W」

男はメモリを出した。円のようなデザインで「Z」の文字が描かれたメモリだった。

「ゼロ!」

男はメモリを刺し、変身した。

みるみるうちに身体が黒く、凹凸の無い怪人へと変貌していった。

ゼロ・ドーパントだった。

その肩にはいまだにサイクロンにつけられた傷があった。

「あれが……メモリの怪物……!?」香澄さんが小さく震えている。

「おまえは組織の人間だったのか……!なぜその男を殺したんだ!?」

「答えたら証拠隠滅にならん」

ゼロがぼくたちに迫った。

ぼくは香澄さんをかばい、その前に立った。

「あんな半欠けじゃなくてちゃんとしたWになって戦ったほうがいいぞ」

「半欠けでもおまえと戦う力ぐらいはある」

ぼくは香澄さんを見つめた。

もう隠しおおせる状況ではない。

「香澄さん、驚かないでくれ。

ぼくが変身したら全力で車道に走って逃げるんだ。

そのうち道路に警察が来る」

「え……変……身?」

ぼくはゼロに対し、歩み出た。

「サイクロン!」ガイアメモリを出し、鳴らした。

香澄さんの目が見張られた。

ベルトが浮かび上がり、そこにメモリを装填した。

「変身!」

ポーズを切って、ドライバーを開いた。

「サイクロン!」

風が渦巻いた。

全身をエネルギーが包み、肉体を変貌させていく。

ぼくは再び仮面ライダーサイクロンになった。

ぼくの変身した姿を見た香澄さんは愕然としてつぶやいた。

「翔太郎君が……仮面ライダー……!」

どうやら彼女もこの都市伝説の英雄の名を知っていたようだ。

「早く、行くんだ!」

香澄さんは小さくうなずくとゼロとの間に割って入ったが、ゼロに香澄さんを襲う気はないようだった。ただぼくのほうをじっと見据えているだけだ。

相手はぼくだけということか。この男の狙いは何なのだ?

「おまえの攻略法……気づけば簡単なことだった」

言うが早いか、ゼロの右手の甲から何かが飛び出した。

ぼくが防御した右手にそれは巻き付いた。

アンカー状に先端が尖った、チェーンのような物だった。

そのディテールは生体的であり、多少の弾力を伴っている。

これはゼロの身体から出たものだ。

チェーンはぼくの腕にきつくからみついていた。

まずい!いきなり先手を取られた。

しかもこれは致命的な先制攻撃だ。

ぼくは大きく飛び退いた。

だが二メードルほどの長さのチェーンの範囲以上に跳ね退くことはできない。

ゼロが右手でチェーンを握りしめ、ぐっと力を込めた。

ぼくの跳躍はあえなく止められ、逆にゼロに引き寄せられた。

ジャンプで敵を翻弄することはもちろん、これでは風力を吸収してエネルギーを回復するためのストロークがとれない。

「チェーンデスマッチだ」

猛然とゼロが迫った。

つかまれたら終わりの相手に、鎖でつながれた。

右手はチェーンを引き寄せることで塞がっているが、攻撃の流れの中でゼロの左の掌は確実にこちらの力を奪おうと襲ってくる。

ぼくは必死にそれを避けたり、直前で払ったりして対応した。

そして、なんとか手刀でチェーンを切断できないか試みた。

だがゼロは手慣れた動きでチェーンを引き、こちらの反撃を妨害した。

これは奴の補助武器なのだと理解した。

緒戦ではこちらの未知の能力に翻弄されたが、たちまち対応策を出してきた。

彼が組織の始末屋としてかなりの手練であることが窺えた。

「うっ!」

ぼくは思わず声をあげた。

敵の左掌を弾こうと放った蹴りがついにつかまれてしまった。

がくん、と左足が脱力した。

直立がやっとの状態になり、思わずひざまずいた。

動きを止められてしまった。

どうだ?というジェスチャーでゼロは掌を向けた。

ぼくは車道のほうを見た。

もう香澄さんの姿は見えなかった。

とりあえず時間を稼げた。あとは頼むぞ、照井竜。

ぼくは最後の決死策を試してみることにした。

この状態で逆転できる、おそらく唯一の方法だと思われた。

ぼくはじりじりとあとずさりした。

相手の油断を誘う必要がある。

打つ手無く、動揺してのあとずさり……に見えるように動いた。

「往生際が悪いぜ」

その台詞にかすかに安心した。こちらの次の動きは読まれていない。

ぼくは脱力した左足で膝をつき、右足を立てていた。

その姿勢で可能な限り崖に近づいた。

あとは相手のオフェンスを待つだけだ。

それを誘うために逆に強く右手でチェーンを引き寄せた。

ゼロはしばらく引き合いをしていたが、やがてタイミング良くそれをゆるめてぼくの体勢を崩した。そう、手慣れた戦士ならそうするはずだ。

ぼくがよろけた隙にゼロが掌を向けて一気に迫ってきた。

その一瞬に全力を賭けた。

ぼくは渾身の力で無事な右足を使って地面を蹴ると、チェーンをつかんだまま崖に飛び込んだ。

ムッとなったゼロだったが、敵も勢いをつけて飛び込んできている最中だ。

急にぼくの動きを引き止めることができない。

チェーンでつながったまま、ぼくとゼロは眼下の岩礁へ真っ逆さまに落ちていった。

落下する中、ぼくは急速に全身の力がよみがえるのを感じた。

そう、これが最後の逆襲の鍵だ。

落下の際の風圧が今ぼくの全身に流れ込んでいるのだ。

「そういうことかよ!」

ゼロが左手を引いた。その甲からアンカー状の突起が飛び出した。

チェーンだ。この武器は両手に隠されていたのだ。

ぼくのほうもすでにベルトからメモリを引き抜き、マキシマムスロットへ装填していた。

「サイクロン・マキシマムドライブ!」

ぼくのマフラーがブワッとなびいた。身体から噴射される気流で前方に推進したのだ。

ぼくはエネルギーのみなぎった手刀をゼロに叩き込んだ。

ゼロはそれとほぼ同時に左手から突き出た突起をぼくのベルトめがけて突き刺した。

両者の攻撃が炸裂し、破壊音が響いた。

相撃ち?それがぼくの感じた最後の感触だった。

ぼくとゼロは弾けるように分かれてそれぞれ海に没した。

これが「仮面ライダーサイクロン」の最後の一撃となった……。


ぼくは海中でもがいていた。

その中で変身が解けてしまっていることは認識できた。

だが夜の海はまるで暗黒の異物のようにぼくの視界を塞ぎ、行く先すら見えない。

顔を上げ、息つぎをしようとするがうねるような黒い海の力に翻弄されてしまう。

息が苦しくなり、意識が薄れた。

そのとき、なぜか一瞬フッと身体が軽くなった気がした。


気がつくとぼくはなぜか森の中にいた。

ここはどこだ……?どうしてこんな場所に?

痛む身体を起こそうとしたが、なかなか動いてくれない。

ぼくは必死に周囲を確認した。

山々の見え方、周囲の木々の感じから、おそらくここは子山の一角ではないかと思った。

身体のあちこちが岩礁にこすれたのか、服はボロボロで無数の傷がついていた。

頭も痛む。しかし、それは落下し岩礁に激突した瞬間までは変身が持続してくれていた証明だ。変身が解けてから落ちていたら間違いなく即死だったはずだ。

ぼくはロストドライバーを見た。

みごとなまでにそれは破壊されていた。

ゼロが放った突起の一撃が突き刺さった、大きな穴が中央に空いていた。

これでもう単独変身も不可能だ。ぼくは震える手でサイクロンメモリを右腰のスロットから引き抜くと、ドライバーを外した。

朦朧とする意識の中、帽子が無いことに気がついた。

海中でなくしたのだな、と思った。

そのとき、ぼくは気づいて「えっ?」となった。

濡れた帽子があったのだ。ぼくの顔の真横に。

まるでだれかが置いてくれたように見えた。

そこにザッと草を踏む足音がした。

見やったぼくは戦慄を覚えた。

まだらのドーパントが木々の間からぼくを見下ろしていた。

ズーだ!

反射的にビクッと反応するものの、ぼくの身体はまったく動かない。

こんな絶望的な状況があるだろうか。

すべての防衛手段を失い、身体の自由さえきかないのだ。

ぼくに打つ手は無かった。

だが、妙だった。

ズーはまったく動かなかった。奴はぼくをただ見つめていた。そこからはWとして対峙したときの異様な殺気・怒りがまったく感じられなかった。

敵意が無いのか?ぼくは思った。

次第にぞの予想が当たっている気がしてきた。

そもそもズーはゼロと結託して戦ったことが無いではないか。

ぼくが初めてゼロに襲われたとき、ズーメモリはあの場から逃亡したようにも見えた。

ズーはぼくをよく知る人物で、麗子襲撃事件の海での戦い以降にぼくが仮面ライダーに変身する人間であることを知った。

そう考えば先ほどの水中での感覚も、帽子が置かれていたことも納得がいく。

「君は……ぼくを助けたのか……?」

「…………」ズーは答えない。

「答えたまえ、君は……」

ズーは無言できびすを返した。

ぼくはそれを追おうとしたがやはり身体の自由が聞かず、目眩いが大きくなってきた。

ぼくは再び意識を失った。


「フィリップ君!フィリップ君てば!」

目覚ましに最適の甲高い声。亜樹ちゃんの声だ。

同じ場所で目が覚めた。今度は比較的はっきりした意識の回復だった。

陽光が眩しい。

すでに夜が明けていることを知った。

「亜樹ちゃん……」

「あー、良かったあ、目が覚めてくれて。

ほら、とりあえずこれでも飲んで。元気でるから」

亜樹ちゃんが金属製の水筒を開けて渡してくれた。

温かいスープのようなものが入っていて、身体に染み渡った。

「ありがとう、助かったよ。どうしてここが?」

「昨夜の夜、こっちに向かってくる夜間バスの中で携帯に連絡があったのよ。

非通知だったんだけど何度もかかって来るから出たら、低い声で、『左翔太郎が倒れている。助けて行け』って、ここの場所を教えてくれて」

「ズーの声に似ていなかったかい?」

「あー、言われてみれば。たしかにあんなしゃがれ声だったかも。

……え、ドーパントが?なんで?」

やはりだ。ぼくを助け、亜樹ちゃんの携帯番号を知っている者。

ぼくを知っていて、ぼくを完全な敵と認識していない人物。

ズーの正体の予想はついた。

だが、まだ事件の構造がつかめない。

ぼくの推理はアウトラインでほぼ正しいと思っていた。

だが、その点をつなぐ線がまだすべては見えていないのだ。

「足りない。もう一つ足りない……」

ぼくはつぶやきながら立ち上がろうとした。

あわてて亜樹ちゃんが寄り添った。

ぼくは身体を支えようと近くの木の一本にその身を委ねた。

ところが、比較的太いと思ったその木がバキッと乾いた音を立てて折れた。

ぼくたちは小さく声をあげて転がった。その拍子に転倒したぼくらは周囲のほかのいくつかの木々をもバキバキと折ってしまった。

ぼくら二人は粉砕された木々の破片の中に突っ伏した。

「うへあっ。なんじゃこりゃあ……大丈夫、フィリップ君?」

「ご、ごめん。見かけよりボロボロの木だった……」

「つーか、この辺の木ってみんなけっこうもろいのよ。

ほらリボルギャリー隠すとき連絡したじゃん。

木がみんなパキパキ折れるから隠すの楽だったって」

「!」何かが頭の中で閃いた。

「亜樹ちゃん、ここ、子山のあたりだよね」

「うん。隠し場所とはちょうど国道を挟んで反対のあたりだけど」

ぼくはもう一度木の破片を握りしめてみた。

木は内部まで乾燥していて、ちょっと力を入れると楽に粉砕できた。

さらに周囲の草花を見た。

所々枯れたようになっている箇所が見受けられた。

枯れた箇所の草は干し草のような色になっていて、やはり簡単に粉砕することができた。

そうだ、敵の狙いを単純な「資産」ととらえていたのが一つの間違いだった。

組織の始末屋が徘徊していたのだ。

すでに敵と組織には「メモリの売買をした」以上に強力なつながりがある。

禅空寺一族の遺産にホテルの経営権といった「利益」以外のメリットが発生しているに違いない。

「……検索だ。検索をはじめよう」

「えっ?」

「今なら解答がつかめそうな気がする。

だが、ぼくの本が無い……」

あれが無くても本棚には入れるが、ぼくの集中力が低下する。

香澄さんを助けるためにあわてて出てきてしまったので白い本はホテルの部屋だ。

「あー、じゃあ、これ!白い本ならぬ黒い手帳だけど」

亜樹ちゃんがバッグからそれなりに大きいサイズの黒い手帳を出した。

中を開くと真新しい白紙のページが続いていた。

「なんだい、この手帳?」

「仕事で腹が立つ奴がいたらいろいろ書き込むのよ、憂さ晴らしに。

新しいの使いはじめたばっかでほとんど真っ白だから大丈夫」

見ると一ページ目だけは禅空寺俊英の悪口で埋まっていた。

まあ何も無いよりは、はるかにはかどるはずだ。

異例だが非常時だ。これでやってみよう。

ぼくは、亜樹ちゃんの黒い手帳を持って意識を集中した。

緑色の光に身体が包まれ、自分の意識だけが上昇していくのを感じた。


真っ白な空間にいる自分を体感した。

再び「地球(ほし)の本棚」にやってきた。

「ぼくの予想があらかた正しければ今回の検索は二ターンで終わる」

《げ!マジで?》

「外」から亜樹ちゃんの驚く声がする。

「キーワードは『植物』、『異常乾燥』……」

本が一気に絞られた。

その解答として残った本は『細菌』『放射能』などの数冊。

その中にぼくが思い描いていた本が一冊あった。

題名は『microwave』。

ぼくはその本を猛スピードで一読した。

内容を把握し、確信を得た。

「再検索しよう」

すべての本が一気に戻ってきた。

再び圧倒的な書庫へと「地球(ほし)の本棚」は姿を戻した。

今度は項目を特定する。

「知りたい項目は犯人の『動機』。

キーワードは『禅空寺一族』『大自然』……」

本の数がグングンと減る。その動きから生じる風のあおりを受けながら、ぼくは最後のキーワードを追加した。

それこそ今回の事件の中核を握る、特殊な単語だった。

「そして……『Gマイクロ波』」

《え?は?なんですと?今なんと?》

さらに本が減り、一冊の本が残った。

題名は『refining factory』だった。

「ビンゴだ」


ぼくの精神が身体に戻り、ポンと黒い手帳を閉じた。

「わかった。『refining factory』……。

今回の禅空寺一族のすべての災いの元はこれだ」

「リヒニ?イヒニン?何ファクトリー?

もうわけわかんないよー、説明してよー」

「つまりね……」

ぼくが黒い手帳を返しながら亜樹ちゃんに話しかけたときだ。

亜樹ちゃんの携帯が鳴った。照井竜からだった。

「あ、竜君?うん、フィリップ君無事だよ!うんうん……。

……げ、なんやて!?」

亜樹ちゃんの関西弁が出た。

納得がいかない事態が起きたときに出やすい現象だ。

亜樹ちゃんはしばらくあわあわしながら連絡を聞いていたが、やがて携帯を塞いでぼくに言った。

「香澄さんが……警察に連行されそうなんだって!

新藤敦殺しの容疑で、風都署から超常犯罪捜査課以外の刑事が来て!」

そんなことだろうと思った。ぼくは亜樹ちゃんの携帯を借り受けた。

「ぼくだ、照井竜」

「フィリップ!」

「事件の概要はつかんだ。すぐに行くからなんとか間を持たせてくれ。

香澄さんが通常の警察に捕まったら敵の思うつぼだ」

「……敵?

……わかった。急げよ」

照井竜は多くを聞かずに電話を切った。じつに彼らしい。

ぼくはすっかり乾いていた帽子をかぶった。


亜樹ちゃんと公道に向けダッシュしつつ、スタッグフォンでリボルギャリーとハードボイルダーに指令を出した。

合流ポイントに走りながら、亜樹ちゃんが話しかけてきた。

「犯人がわかったのね、フィリップ君!香澄さんじゃないんだよね!」

「ああ、もちろんだ。

翔太郎がぼくに気合を入れてくれた。最後まで代役をやり遂げなきゃ」

亜樹ちゃんはぼくの言葉を聞いて、へへえっと嬉しそうに笑った。

「ちゃんとそう受け取ってたんだ」

「翔太郎の真意はいつも心の奥底にあるからね」

たとえ上辺は素直になれなくても、心の奥底では必ず相手のことを思いやっている。

左翔太郎とはそういう男なのだ。

「今はぼくしか探偵はいない。探偵は依頼人を信じきって守るものだ」

依頼人を守る。それこそ鳴海荘吉が最も大切にしていた信条だ。

翔太郎も、亜樹ちゃんもこの鉄の遺伝子を立派に継いでいる。

ぼくも一歩事務所を出たからには命がけで守るのだ。

自分を頼ってくれた人の心を。

「それが鳴海探偵事務所の魂だ……!」

だれに聞かせるでもなく、ぼくは口にしていた。


公道に出るや、反対側の森からリボルギャリーが飛び出した。

すでに内部にはハードボイルダーが収納され、後部パーツの換装が終了したようである。

ゴォォォンと音を立て、リボルギャリーの外部装甲が二つに割れた。

中では赤い飛行パーツを装着したハードタービュラーが完成していた。

「げ、飛んでくの?私、聞いてない!」

山道を走るより確実に速い。

ぼくは亜樹ちゃんの声をスルーして、マシンに乗り込んだ。

しぶしぶ亜樹ちゃんがぼくの後ろにしがみついたとたん、タービンの噴射がはじまりハードタービュラーは大空へと舞い上がった。

亜樹ちゃんの絶叫を乗せ、マシンはZENONホテルへ一直線に飛んだ。



ZENONホテルの一室・天海の間。

中規模のパーティー用のホールだ。

天井にかかった虹色のシャンデリアが美しい。

そこに今、関係者がすべてそろっていた。


禅空寺俊英、妻の朝美。

病院から早くも復帰してきた禅空寺麗子。

照井竜と刃野・真倉両刑事。

そして風都警察殺人課の人間が三人。

彼らの目はすべて香澄さんに向けられていた。

弓岡あずさが心配そうにその背後に控えている。

「照井警視、探偵が来るんだかなんだか知りませんが、もういいでしょう。

とりあえず禅空寺香澄の証言の真偽については勾留してからにしましょう」

照井竜の引き止めが限界に達していたときだった。

重い開閉音とともにドアを開いて、ぼくと亜樹ちゃんが会場にたどり着いた。

「翔太郎……くん……!」

香澄さんが安堵の目でぼくを見た。

本当に嬉しそうな目だった。気丈な彼女がぼくに対する期待を隠すことも無く表に表してくれている。この瞳だけで駆けつけてきた甲斐があった。

「待たせたね、香澄さん」ぼくは殺人課の刑事たちに向き直った。

「少し時間をください。これは超常犯罪課の案件だ。

うかつに通常の警察の範疇にくくられると事件の輪郭が歪んでしまう」

それが「敵」の狙いであると察していた。

ガイアメモリ犯罪は基本的に立件しづらい。

超常能力の産物であるためだ。

そのため通常の警察の捜査基準と混ざってしまうと思わぬ誤認逮捕などが発生してしまう。

照井竜のすごいところはまず警察機構の本陣を改革し、超法規的な活動ができる「超常犯罪捜査課」というコンセプトを承認させて、自ら風都署に赴任してきたことだ。

この課だけは独自の判断基準で犯人の追跡や逮捕を行える。

ガイアメモリの関与さえ立証できれば、担当刑事のフレキシブルな判断で捜査をしたり、容疑者を押さえたりできるのだ。

「だがね、探偵君。新藤敦の背中に投げつけられた宝剣は故禅空寺義蔵の所有物、つまり現在は香澄さんのものだ。彼女の指紋も出ている」

なるほどそういうことか。たしかにあのときゼロの男は手袋をしていた。

「それは『ゼロ』というメモリを使う殺し屋の仕業だ。

ぼくは奴が手袋をつけて剣を投げつけるのを見た。

おそらく最初から香澄さんに罪をなすり付けるつもりで盗んでおいたのだろう」

「そうです、何度も話したはずです。

私は新藤にさらわれて、翔太郎君に助けられて……。

そのとき新藤は黒ずくめの男に刺されたんです!」

香澄さんが叫んだ。


ぼくは来る途中、亜樹ちゃんから情報を補填してもらった。

香澄さんはぼくが仮面ライダーになったことは話していないようだった。

おそらくぼくが秘密にしていることと判断してくれたのだろう。

あのとき、公道まで走り出た香澄さんは照井竜と警官たちに助けだされた。

だが、その後、宝剣のことを通常の警察に密告した者がいるわけだ。

殺人課の基準で怪物話の部分がオミットされた事件像となれば、香澄さんをしばらくは容疑者扱いにできる。


「冗談じゃないわ。新藤はあたしの婚約者なのよ。

なぜあんたなんかに色目を使わなければいけないの!」

禅空寺麗子が猛然とかみついた。

溺死させられかけたからか、彼女の全身から発散されていたオーラが薄れ、端正な顔立ちが逆にどぎつく見える。

「彼は自分で言っていたよ。

『俺は麗子の婚約者ではなく奴隷だ。

隙あらば香澄を落とすように命令されている』と。

殺し屋が彼を始末したのはその先をしゃべられると困るからじゃないかな」

麗子の顔が硬直した。あいつそんなことを、という顔だ。

何かぼくをののしろうと身を乗り出した。

だが、俊英が微笑を浮かべたままそれを軽く制した。

「君はどうしても私たちのほうを悪者にしたいらしいですね。

だが何度も言うように犯人は私たちではない。

香澄のナイトを演じに来たのなら、留置場でしてあげてください」

さあどうぞ、と殺人課の人間たちに手を広げた。

ぼくは歩みでて、強く俊英をにらむと言い放った。

「何を勘違いしているのかな、禅空寺俊英。

ぼくは香澄さんじゃなく、君の命を守ってやりに来たんだぞ」

えっ、と俊英ばかりでなく周囲の人間がみな思ったときだった。

突然、ホールの陰から何かが弾丸のように飛び出し、俊英に迫った。

ぼくはそれを察し、俊英をかばった。

黒い影は目標を逃し、地面に着地した。

機獣のようなズーメモリだった。

すぐさまズーは跳ね退いて、また物陰に隠れた。

一同が身構えた。

だが、ぼくはゆっくりとある人物に近づいていった。

「やめるんだ。あなたの目的はわかった。

だから、これ以上はやめて自首してくれ。

……弓岡あずささん」

全員が驚いた。

弓岡はしばらく黙っていた。

そして、ぼくを見つめてようやく口を開いた。

「やはり……お気づきでしたか、左さん」

「あなたはぼくを救ってくれた。

ぼくが香澄さんの味方だと信じたからだ。

香澄さんがズーでない以上、ぼくを救う可能性のある関係者はあなただけだ」

「ゆ、弓岡が……?」香澄さんが動揺している。

「な、なぜ?なぜそんなことを……?」

「君を守るためだ」


照井竜以下、警察の人間たちが弓岡に対し身構えた。

銃を構えている者もいる。

それに対し、弓岡が強く見据えた。

彼女がその気になれば、ズーメモリに警察を襲わせることも、ドーパントとなって暴れることもできる。刺激するのは危険だ。

「待ってくれ。どちらももう争う必要は無い。

ぼくの話を聞いてもらえれば、彼女はもう戦う必要は無くなるはずだ」

「ど、どーゆーことだい、そりゃ?」刃野刑事が聞いた。

「聞いてくれるね、弓岡さん」

弓岡は答えなかった。ただぼくを見つめていた。

ぼくはにらみあう弓岡と警察、そして俊英たちを見回すとその中央に歩みでた。

「……今回の事件の特徴はドーパントの正体、いわゆる犯人と、その引き金となった悪意が別の物だ、ということだ。だから事件の概要がつかみにくかった。

遺産を欲したドーパントが暗躍しているように見てしまった。

だが、兄弟を陥れてまで遺産を欲し、我欲に溺れた本当の悪は別にいる。

……禅空寺俊英、おまえだ」

ぼくは俊英を指差した。

俊英の冷たい微笑が消えた。

「禅空寺俊英が本当の悪……。

君が『敵』と表していたのはそのためか」

照井竜がぼくに言った。

やはり彼はぼくの言葉のニュアンスを察してくれていたようだ。

「そう、『敵』と、『犯人』がイコールじゃなかったんだよ。

すべての事の元凶は俊英だ。

弓岡さんは彼から香澄さんを守ろうとしたんだ。

悪でないとは言えないが、すくなくとも彼女の動機は香澄さんへの愛だった。

悪意は禅空寺俊英のほうにあった」

「私が何をしようとしていたというのかな。

いまさら香澄が持っているちっぽけな資産を欲しがるとでも?」

「観光資源や土地としての親山ならばさほどの価値はないだろう。

だがおまえの目当ては違う。

『refining factory』だ」

「出た、ナントカファクトリー」亜樹ちゃんがつぶやいた。

だが、その一言は俊英や麗子の表情をより険しくした。

「refining factory……精製工場。そうか……!」

照井竜も気づいた。

「そうだ、照井竜。こいつらはもう組織とつながっている。

ガイアメモリの精製工場を作るつもりだったんだ」

げっ、という顔を刃野・真倉刑事もした。

香澄さんも亜樹ちゃんも同様だった。

逆に弓岡あずさの表情にはかすかに落ち着きが見えた。

ぼくの推理が外れていないことの表れと受け取った。


「ぼくは子山の一角の木々が異様に乾燥していてボロボロなことに気がついた。

それがGマイクロ波による過熱現象と見抜いた。

Gマイクロ波はガイアメモリの精製中に必要となる特殊電磁波だ。

ガイアメモリ工場には必要な要素がいくつかある。

広大な底面積と深さを持った建造物、そしてGマイクロ波を使用しても問題ない密閉性だ」

したがって施設はつねに巨大になるのだ。

ぼくが幽閉されていた組織の研究施設も、孤島に建てられた巨大建造物だった。

「おそらく屋敷付近の地下に施設を仮設して実験したんだろう。

だがGマイクロ波が外部に干渉し、自然を枯らした。

まあ電子レンジにかけたような乾燥状態になったわけだ。

これでは秘密の施設として妥当ではない。

より大きく施設を作り上げるにはさらに巨大な親山が必要だとわかった」

禅空寺兄弟は黙ったままだった。

全員がぼくの話に聞き入っていた。

わけがわからないのは殺人課の面々だ。

「て、照井警視。彼は何の話をしているんだ?

我々は規定どおりの対処をするが、構わんのだよな?」

「……俺に質問をするな」

照井竜が軽くキレて、刑事の襟首をつかんだ。

「セクト主義もたいがいにしろ。俺も風都署の仲間を殴りたくはない。

この場は黙って我々にまかせてもらおうか……!」

照井竜の一にらみで刑事たちは黙った。

刃野刑事がこそこそ小声で彼らをフォローしているのが見える。

「左、続けてくれ」照井竜が言った。


「では流れを整理してみよう。

父・禅空寺惣治の死で遺産が分配された。

このとき、俊英は香澄の持つ権利、祖父の研究施設と親山に価値を感じていなかった。

だが、ガイアメモリの開発環境をつねに探している組織が接近、俊英とつながった。

彼はその広大な土地を、リゾート以外の目的でも使えることを知った。

それには深く広く地下施設を建造できる親山が最適ということが判明してしまった。

だから狙いを香澄さんにした。

いずれかのタイミングで禅空寺麗子もその仲間となった。

これは新藤敦の死の直前の言葉からも明らかだ。

CEOと麗子の命令を受けていると彼ははっきり言っていた」

麗子が小さくつばを飲んだ。

「もともと母親が違う香澄さんに二人は好意を持っていなかった。

新藤を手下に使って彼女の権利を合法的に手に入れる手段も模索したが、うまくいかなかった。そこでガイアメモリによる暗殺を計画。

組織から手に入れたメモリがズーだった。

これならば自然の中での転落死や溺死を自由に演出できる。

だがそれを使用人の長である弓岡あずさは知ってしまった……」

禅空寺の兄弟と弓岡が鋭く視線を向け合っている。

「だから禅空寺義蔵を騙り、脅迫状を出した。

これは俊英たちを驚かせ、ズーメモリの所在をつきとめるための陽動だった。

そうですね、弓岡さん」

弓岡はようやくこくりとうなずき、口を開いた。

「この男が早くメモリを起動させようと身近に置くのを待っていました。

起動させ、持ち主を認定させる前にケースごと奪いました」

「そして、自らを持ち主として認定させた」

「ええ。どうせすぐに新しい物を取り寄せるはずです。

香澄様を殺される前に、こちらが……。そう思いました」

「弓岡……」香澄さんが震えた。

ぼくは続けた。

「その後の事件は暗殺性が増していく。

どうせ俊英たちは警察沙汰にできないという読みもあった。

殺人用の道具をとられました、とは言えないからだ。

一方、俊英側はメモリがとられた瞬間にもう犯人の選択肢は香澄さんしか無いと考えた。

そのとき、一つ双方にとって計算外のことが起こった。

香澄さん自身が犯人を解明するべく探偵を雇ってしまったことだ。

だからズーは強硬手段に出た。それが屋敷の襲撃事件だ」

「ええ。でも、その計算外は今となっては良かった。

左さん、出会えたのがあなたでしたから……」

弓岡あずさは儚げに笑った。

「では、あの黒い怪物は?」香澄さんが聞いた。

「組織の増援、だろうね。

つまり盗まれたズーを倒すために俊英の依頼で来たんだ。

ズーはそれほど強力なメモリということさ。

仮面ライダーに出会って、そちらとも戦わざるを得なくなったというところだろう」

ゼロが現れたことで余計に事件の概要は不明瞭になった。

だが整理してみれば簡単なことだ。奴は悪の側だった。


思えば最初の直感がすべて正解だったのだ。

これは遺産を巡る犯罪。

いちばん悪の匂いを感じるのは禅空寺俊英。

そして香澄さんは犯人ではない。

要はその肉付けが複雑なだけだった。

真実は最初からつかんでいたのだ。

『疑い抜いて、信じ抜く』……なんとか翔太郎流でできた気がした。

「どうやらおまえたちにも山ほど聞くことができたようだな、禅空寺俊英」

照井竜がにらみをきかせた。

麗子は激しく動揺しているように見えたが、俊英は依然として平静を装っていた。

ぼくは弓岡あずさに手を差し伸べた。

メモリを渡してくれ、という仕草だった。

弓岡は迷い表情を見せた。

そのときである。

「待ってください!」声が響いた。半泣きの声だった。

涙を浮かべた俊英の妻・朝美が歩み出ていた。

「ちょっと待ってください。今のはあなたの一方的な推理じゃありませんか!

そんなことで主人を悪人と決めつけるなんて……!

たとえ子山にそんな施設があったとしてもそれだけで主人のせいとは限りません!」

朝美は懸命に訴えていた。

たしかにこの人は無関係なのかもしれない。

ぼくの「地球(ほし)の本棚」もガイアメモリと同じく超常的な存在だ。

ここで得られた結論はまぎれも無い真実には違いないが、立証材料にはならない。

「実際にメモリとかいうのを使っていたのはこの弓岡さんでしょう?

主人より先にこの人をちゃんと罰してください!

香澄さんの件だってうやむやにしないで!」

そうだ、という顔で殺人課の面々が色めき立った。

同時に弓岡あずさの顔がこわばった。

「やまり……まだ私は止まるわけにはいかないようですね……左さん……」

まずい、まず彼女を制さなければ。

だが、朝美はぼくの服をつかんだまま離さない。

どうしよう……困惑していると信じられない声がした。


「覚えときな、相棒。女の涙はときには凶器になるんだ」


えっ、となった。ドアのほうを見た。

二度仰天した。亜樹ちゃんも照井竜も、刃野・真倉両刑事もだ。

「俺の実体験さ……!」

帽子をキュッとあげたその顔はまぎれもなく翔太郎だった!

ぼくの仲間たちが全員「左」「翔太郎」と言おうとして息を飲み込んで耐えた。

「私、聞いてない……!」

結果、亜樹ちゃんのいつもの口癖が響いた。

翔太郎はこちらに歩んで来た。

ブルーのシャツにいつもの黒い帽子とジャケット。

その姿はじつに精悍だった。まったく健康そのものだ。

人生史上最大の風邪はどこに行ったのだ?

「なんだ、君は?」殺人課の刑事が聞いた。

「どーも。俺は……フィリップ」

え?ああ、そうだ。ぼくが翔太郎だ。

「この左翔太郎の相棒さ。足で稼ぐほうの、な」

翔太郎はぼくの横に来て、ポンと肩を叩くとウインクした。

なんという安堵感なんだろ。

そして、どうしてこんなことが起きたんだ?


翔太郎は断固として明らかさなかったが、じつはのちに聞いたことを総合するとこうだ。


亜樹ちゃんが訪れた夜、ぼくに檄を飛ばした翔太郎はベッドにこもると枕に顔を埋めた。

グスグスと鼻をすする音が聞こえる。

風邪のせいではなく半泣きなのだと全員がわかった。

「あーもー、あんなメソメソするならカッコつけないで素直にフィリップ君慰めてやれば良かったのに」

「そう言わないでよ、亜樹子ちゃん。男の意地ってやつでしょ。

翔ちゃん、兄貴分として責任感じちゃってんだからサ」

「だよねー。こんなときに自分が、

ウゲヘッ!ゴホォッ!だもんなあ」

変な擬音を伴ってサンタちゃんがパントマイム風のポーズで風邪を表現した。

亜樹ちゃんもなるほどと思った。

ウォチャマンたちはぼくたちがWであることを知らない。

だが、事情を知っている亜樹ちゃんには明快に翔太郎の気持ちが理解できた。

やっとエクストリームに到達し、お互いの価値を認め合ったばかりだというのに、またぼくの役に立てなくなってしまった自分が、翔太郎は我慢ならなかったのだ。

そんな状態なのにぼくを奮起させるためにきつく言わざるを得なかった。

それがまた「俺に言えた義理か」という気持ちを誘発し、さらに自己嫌悪に陥られた。

(ま、どのみち寝ててもらうしか無いわけだし、いっか)

亜樹ちゃんがそう思ったとき、顔を見合わせて強くうなずいたウォチャマンとサンタちゃんが彼女に言った。

「亜樹子ちゃん、フィリップ君を助けに今夜のうちに戻るんだったよね。

あとはボキたちにまかしてくれないかなァ」

「そうそう、男同士、ね」

「ホントに?それ助かる。じゃあ翔太郎君のことよろしくね」

身支度を整え、資料を受け取ると亜樹ちゃんは事務所を出て行った。


その瞬間、二人は決然とビニール袋を持って翔太郎に近づいた。

「翔ちゃん、フィリップ君を助けられなくて悔しいでしょ?」

ウォチャマンに聞かれ、チラッと彼を見た翔太郎はつぶやいた。

「……ああ、情けねぇよ」

「今すぐにでも行ってやりたいよねえ?」サンタちゃんも聞いた。

翔太郎はため息をついた。

「……行けるもんならな。少々寿命が縮んだって構わんねー」

すると突然、二人はよしとなって見つめ合いうなずいた。

「そう思ってサ、ボキたち、翔ちゃんに力を貸すことにしました!」

「男同士の荒療治!」

翔太郎がうつろな目で二人がまさぐっているビニール袋を見た。

そしてその中身を見て仰天、目が冴えた。

中身は新鮮なネギだった。

風邪とネギ……翔太郎はその恐ろしい共通項を知っていた。

「おい、おまえらまさか……

いや待て、ちょっと待てよ、なっ」

「効くから、これ。超効くから」サンタちゃんが荒い鼻息で答えた。

翔太郎はぐるりと裏返され、二人に押さえつけられた。

ウォチャマンの手がパジャマのズボンにかかった。

「ええええ―――――――っ!

嘘だろ、おまえら。そんなの迷信だよ!」

「効くから、ホントに。

ドシュ!グッ!アッ、ア―――ッ!

アレッ?ケロッ❤ってぐらい効くから!」

「嫌だ、その擬音からして嫌だ!無理、無理!

うわぁ―――――――っ!」

だがウォチャマンとサンタちゃんは本気で翔太郎のためと思っていた。

イタズラとかではない分、二人にはまったく躊躇がなかった。

「行きますぞ、翔ちゃん」

「ノォ―――ッ!ネギ、ノォ―――――ッ!」


「肛門にネギを差し込むと風邪が治る」という民間療法があるらしい。

だが基本医学的な効果はないはずだ。たしかにネギ自体は食物としては風邪に対する効果があるが、直腸に差して効果があるとは考えられない。

だが、なぜか、奇跡は起きたのだ。

翔太郎は復活した。しかも全快だ。

もろもろの理由は考えられる。

例えばちょうど風邪が一段落するタイミングと偶然一致したとか。

あるいは異常事態に翔太郎の体内が急速に活性化してしまったとか。

とにかく翔太郎は突然動けるようになった。

ウォチャマンとサンタちゃんのしたり顔は耐えられなかったと思うが、翔太郎は活動を開始した。そして、亜樹ちゃんの資料を見たときに朦朧としていてひっかかったままだったあることに気づいたのだ。

翔太郎は二人に再び情報収集を頼んだ。

そして新しい事実を得て、ここに来たのだ。


そんな恐ろしい復活方法で来たとは知らず、ぼくはただ奇跡に感動した。

「この俺が美女の顔を見てピンとこないとは。

よほど風邪でまいってたってことだな。

亜樹子から届いた関係者の資料を見て、俺がいちばんひっかかったのはあんただった。

……禅空寺朝美さん」

翔太郎が一枚の写真を見せた。朝美がハッとなった。

その写真には数人の人間が写っていた。バットショットの画像だった。


一人は見覚えがある。元風都市市会議員の楠原みやびだ。

彼女が対話している美女がいた。ロングヘアで眼鏡をかけていた。

翔太郎がもう一枚めくると写真のその女の拡大になった。

その目元、そして泣きぼくろ……禅空寺朝美とそっくりだった。


朝美の目が緊張した。よりいっそう翔太郎の写真に似て見えた。

「かつて楠原みやび議員が脅迫される事件が起こった。

俺たちは彼女の護衛を頼まれた。じつは彼女が完成を目指していた第二風都タワーの建設予定地に組織のガイアメモリ工場があったんだ。脅迫者はその所有者だった。

これはそんとき、土地売買の交渉中の写真だ。

脅迫者がいるかもしれないから楠原議員に近づく相手を全部撮らせておいたんだ」

朝美の顔が急速に変化していた。温和な目の底の光が鋭くなっている。

夫の陰に隠れた印象の薄い女、という仮面がぽろぽろと剥がれている感じだ。

「この女は別の土地を建設予定地に推薦しに来た相手だった。

あとにして思えばあの土地から目をそらそうとする奴はみんなあやしい、組織の一員だったんじゃねぇか、と心のどこかにひっかかってたんだよな。

彼女の名前は……岩瀬朝美。あんたの旧姓だ」

「そうか、彼女こそ組織と禅空寺家をつないだ窓口……」照井竜もうめいた。

「ま、そういうことだろうな。彼女が禅空寺俊英と結婚したのが半年前。

そこから父・惣治の死、今回の事件と相次いだ……。

つまりな、相棒。

香澄さん以外の禅空寺一族は、もうすべてが組織の関係者ってことだ」

翔太郎はぼくの側の朝美めがけて写真を放り捨てた。

朝美は完全に黙り込んだ。

助かった。

ここで翔太郎がこの事実をつかんでくれていなかったら、朝美だけはこの場から追及を逃れていただろう。

「さあ、弓岡さん。メモリを俺たちに渡してくれ。

俺たちを信じてくれ」

翔太郎が弓岡に向かって言った。

「香澄さんを取り巻く汚れをすべて、こうやって洗い流してやるから」

「そう、すべてを守る。香澄さんも、自然も、禅空寺義蔵の心も。

大自然の使者は……ぼくたちが継ぐ」

ぼくの言葉に弓岡の表情が変わった。

「大自然の使者……」

そして、香澄さんを見た。

香澄さんは祈るような目で弓岡を見ていた。

「弓岡……私……私……。

ありがとう。

でもお願い。もう私のために……怪物になるのはやめて」

弓岡はその一言に折れた。

「それはご命令でございますか、お嬢様」

香澄さんが弓岡の言葉にハッとなり、すぐに微笑んだ。

「ええ、もちろん命令よ」

「あなたにお仕えするのが私の仕事です。

おじいさま、お父様の代からずっと……。

……かしこまりました、お嬢様」

弓岡あずさはスッと手招きをした。

物陰からズーメモリが跳躍し、彼女の掌に乗った。

彼女の腕にまるで入れ墨のような模様が浮かんだ。

これがドーパントのメモリスロットだ。

まぎれもなく弓岡あずさがズーの持ち主であることの証だった。

弓岡はゆっくりと掌の上のズーを差し出した。

ぼくは安堵した。これで無益な戦いは避けられる。

照井竜が翔太郎の目配せでズーメモリを受け取ろうとした。


突然、朝美がぼくらを突き飛ばした。

一同の体勢が乱れた隙を突き、弓岡めがけて何かを撃った。

それは電撃を放つチップのような物だった。

いくつか発射されたそれは弓岡の身体とズーメモリに付着し、激しい光を放った。

弓岡が絶叫し、倒れた。

「弓岡!」

香澄さんが行こうとするのをぼくが止めた。

今触れると香澄さんまで感電する。

朝美は床に落ちたズーメモリを素早く布でくるむと、禅空寺家の面々のところまで走った。

自分を見下ろす強い表情の朝美を、済まなそうに俊英が見上げた。

「ほら、戻ってきたわよ、あんたのメモリ」

「済まない」

「見た人間を全部消して」

「もちろんだよ」

朝美はもう別人だった。

彼女と俊英の関係は普段とは真逆であることは見ていて歴然だ。

照井竜や刑事たちが銃を構えた。

にやりと笑った俊英がズーを構えた。

「動くな、そのメモリはお前には使えない!」照井竜が叫んだ。

弓岡あずさが認定者のはずだ。

そう思ったぼくたちの目の前で、俊英は小さな銀色の機械を出した。

ズーメモリを装填された機械はなんらかのデータ書き換え装置のようだった。

ズーメモリがスパークし、そのプログラムが初期化されているのがわかった。

「ズー!」

ガイダンスボイスが響いた。

すぐさま俊英はメモリを自分の腕に刺し込んだ。

スロットを身体に刻み付けるの同時に、ズーメモリは体内に消えた。

照井竜たちは発砲した。

だが、すでに変貌ははじまり、俊英はズー・ドーパントに変わった。

弾丸はすべてズーの肉体にただ刺さるだけだった。

隆起した筋肉が弾丸を押し出し、床にバラバラと散らばった。

「ウオオオオオオオオッ!」

咆哮しながらズー・ドーパントが誕生した。

「やっと……やっと身体に刺せたっ……ははははっ……!」

元は俊英だったズーが笑った。

自分の力を確認するかのように、その翼が羽ばたいた。

周辺に突風が起こり、何人かの刑事が吹っ飛ばされた。

「照井!みんなを逃がせ!」

帽子を押さえ、風に耐えながら翔太郎が叫んだ。

照井竜はその意図に気がつき、すかさずうなずいた。

「撤退しろ!宿泊客を逃がすんだ、急げ!」

「は、はいっ!」刃野・真倉両刑事が即反応した。

刃野刑事たちはドーパントの姿に仰天する殺人課の刑事たちを鼓舞し、外へ逃げはじめた。

照井竜自身も倒れた弓岡あずさに触れた。電撃はおさまっていたようだ。

彼女がまだ息があるのを確認し、抱き上げた。

「早く!君もだ!」香澄さんに手を伸ばした。

だが、彼女はぼくのほうを見て躊躇している。

ズーが翼をたたみ、迫ってきた。

「逃がさん、皆殺しにしないとな……」

朝美と麗子はその背後に立っていた。

彼女らがやはり「敵」の側である証明だった。


だが、ズーは驚いた。

ぼくと翔太郎が宙に舞っていたからだ。

ぼくたち二人の飛び蹴りがまともにズーに炸裂した。

まさか生身の人間から反撃をくらうとは思ってなかったのだろう。

ズーがあとずさり、わずかによろめいた。

「き、貴様らっ!」

翔太郎はちらっと逃げていった者たちの様子を確認した。

「もういいだろ」

「ああ、いけるのかい?病み上がりで」

「『問題ない』って奴だ。

今の蹴りのキレ、見てなかったのかよ」

ぼくは嬉しくなった。いつもの二人の会話だ。

「行こう、相棒」

「ああ」

翔太郎はダブルドライバーを装着した。ベルトが巻き付き、彼の腰についた。

ぼくの腰にもドライバーが現れた。

「サイクロン!」「ジョーカー!」

二人の取り出したメモリが鳴った。

ぼくたちは二人で「W」の文字を描くように腕を構え、同時に叫んだ。

「「変身!」」

ぼくがサイクロンをドライバーに装填すると、それが翔太郎のドライバーの右スロットに転送された。ぼくの意識はなくなり、身体がふらついた。

ぼくの意識はもうサイクロンメモリの中にあった。

翔太郎はそれを押し込むと、すかさず自分のジョーカーメモリも左スロットに押し込んだ。

エネルギー増幅音が高まる中、翔太郎はベルトを左右に開いた。

「サイクロンジョーカー!」

風が彼の身体を渦巻いた。

Wの肉体が形成されていく。

ぼくの意識が翔太郎の肉体に宿る。

そのとき、亜樹ちゃんが「ほっ!」と絶妙なタイミングで倒れたぼくの肉体をキャッチするのが見えた。

そしてドア付近で照井竜に引かれながら、ぼくたちの変身に驚愕している香澄さんの姿も。

ぼくの単独変身を目の当たりにしている彼女もぼくたちの変身は衝撃だったようだ。

今、Wサイクロンジョーカーはその二色の身体を完成させ、スッと立った。

「こ、こいつらはっ……!」

ズーがひとりごとのようにつぶやいた。

「そう、俺たちは二人で一人の探偵……そして」

まるで帽子の鍔をこするようにWの触角をなでて、翔太郎は答えた。


「仮面ライダー……W!」


変身時に巻き起こる風がやみ、はためいていたマフラーが静かに下りた。

ぼくたち=Wと、俊英が変身したズーがにらみ合った。

その間に弓岡と香澄さんを連れた照井竜、ぼくの身体を抱えた亜樹ちゃんもホールの外へ脱出した。

「ふん、貴様らごときにいまさら何ができる!」

「それは次に吠え面かかされる奴の台詞だぜ、おチビちゃん」

翔太郎の言葉にズーの形相が変わるのがわかった。

たしかに弓岡のズーよりも俊英のズーのほうが若干身長が低かった。

「なっ、なんだとぉっ……!」

ズーはブルブルと怒りに震えだした。

恐るべしである、左翔太郎。

一見してそれが俊英のコンプレックスの源と見抜くとは。

「私をっ、私を見下ろすなァァッ!」

激高したズーが挑みかかってきた。

「ヒート!」

ぼくはすかさず右手でヒートメモリを持ち、サイクロンと素早く入れ替えた。

「ヒートジョーカー!」

Wの右半身だけが炎の力でハーフチェンジする。

右が赤、左が黒の火炎格闘戦士・Wヒートジョーカーとなった。

「うぉらッ!」

Wは爪を突き出して迫るズーをみごとにいなし、右手で炎のパンチを叩き付けた。

ズーがひるんだ。Wは猛ラッシュを仕掛けた。

今のように時としてぼくはWの右半身の行動も制御できる。

翔太郎の了承をとるよりも早く、メモリを変えたりもできるのだ。

これによって変身者の翔太郎が意識しないスピードでWはメモリをチェンジし相手に反撃することができる。そのぼくの判断を翔太郎は信頼してくれている。

今度は触手が飛び出した。

ぼくたちを縛り上げる作戦だ。

弾力のある太い触手がWの首を絞め、動きを止めた。

「メタル!」「ヒートメタル!」

こちらもすでにメモリを変えていた。

Wの左半身が銀色に輝くと炎と鋼鉄の戦士・ヒートメタルに変化した。

メタルの装甲は強靭だ。

相手の爪の猛撃にも、ただ金属の激突音が響くのみ。

こちらの身体には、ほとんど痛みが伝わらない。

メタルメモリはWに強大なパワーをも与える。

首に巻き付いた触手を一気に両手で引きちぎった。

鮮血が飛んだ。

ズーが苦悶した瞬間にWヒートメタルは背中のメタルシャフトを取り外し、突きの一撃をくらわせた。

ズーは吹っ飛ばされ、床に伏した。

強敵だが、やはり弓岡あずさの変身したズーと一度戦っていることが大きかった。

Wは優勢だった。


安全な場所に香澄さんや亜樹ちゃんを逃してきた照井竜が駆けつけた。

翔太郎の指示を変身のための人払いと気づいてくれたのはさすがだった。

照井竜もWの優勢を確認し、うむとうなずいた。

だが、彼の目は次の瞬間ある一点に釘付けになった。

ぼくたちも気になり、その方向に目をやった。

うっとなった。

動揺と苛立ちをあらわにしつつも、まだ禅空寺朝美と麗子がそこにはいたのだ。

正体が発覚しWが現れた以上、どう考えても戦いをズーにまかせて逃げ出しているべき状況である。

照井竜も戦況によっては変身して加勢するか、Wにドーパントをまかせて彼女たちを追うかという二択のつもりであったろう。

「二人ともそこを動くな!」

照井竜が朝美たちに指した。

そのとき、朝美が何かの気配に気づいた。

彼女の表情に余裕がよみがえった。

「そっちこそ、ここから動かないでほしいわね」

突然、ホールの舞台側、すなわち関係者入り口から何人かのホテル関係者が入ってきた。

七、八、九……確実に十人以上いる。

騒ぎを聞きつけて様子を見に来たのだろうか。

いや、これは違う。彼らの淀んだ目つきでわかった。

朝美は増援を呼んだのだ。

入り口付近で最後に入った男が舞台裏に隠されたスイッチらしき物を押した。

ガ―――ッと上からシャンデリアが落ちてきた。

それは勢い良く床に激突すると粉々に砕け散った。

虹色のガラスの中央部分には金属のシリンダーのような物があり、そこの隙間にはトランクケースが隠されていた。

ガイアメモリのケースだ!

「あんなところに!」照井竜が唇をかんだ。

これだからメモリ捜査は難しいのだ。

はるか頭上の照明具を分解しようということにはなかなかならないだろう。

ズーが走り、それをつかんで朝美に投げる。

朝美たちが受け取ったケースに麗子をはじめ全員が集まった。

「待て、やめろっ!」

Wが妨害しようと走ったが、ズーに割っていられた。

その間に朝美が、麗子が、ホテルマンたちが、肌にスロットを浮かび上がらせ、次々と自分が登録したであろうメモリを刺した。

「クインビー!」

「フラワー!」

朝美、麗子のメモリだ。この二つまでは聞き取れた。

だが残りの人間が一気にメモリを刺したため、ガイダンス音声は混ざり合い雑踏のような騒がしさとなった。

おびただしい量の変身音と光がホールにあふれた。

なんという光景だろう。

その場のホテル関係者全員がドーパントとなった。

簡易戦闘メモリである「マスカレイド」ならともかく、かつてこれだけの人数の正規ドーパントと一度に相対することは無かった。

ズーを中心にドーパントたちはズラリと並んだ。

ここでぼくは正確に敵の人数を把握した。


十三体いる!


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