ほしのほんだな

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【原文录入】鍵のありか きたざわ尋子 TBC

鍵のありか

きたざわ尋子
录入:vega

コンビニエンスストアで大量のコピーを取りながら、矢野実浩は浅く溜め息をついて、うなりを上げる機械を見つめ下ろした。

まるで学生が、せっせとコピーをしているようだと他人ごとのように思う。

実際、人が実浩に目を留めたとしたら、社会人ではなく大学生だとナチュラルに思うことだろう。

もっともほんの二ヵ月前まで本当の大学生だったので、社会人がまだ板についていないのも仕方がないと言えた。

まして服装はラフなもので、会社勤めという風情でもない。

端から見れば、借りたノートを写す大学生そのものだとしても、実浩はれっきとした社会人で、コピー作業も必要な仕事である。実浩はこの春、大学を卒業し、小さな設計事務所に就職した。職場はマンションの一室で、社員は社長に含めて四人の、こぢんまりとしたところだ。

だが当の本人は、新入社員という感覚が比較的薄い。それは四年生のときからアルバイトで事務所に通っていたせいだった。

始業は十時、終業は六時と一応決まっている。もっとも六時に帰ることはあまりなく、かといって何時間も残業することもそうはなかった。目が回るほど忙しくもないが、暇で仕方ないということもない、ある意味で理想的な職場だ。

職場のコピー機が壊れさえしなければ……と思ったところで、直らないものは仕方がない。業者が来るのは明日になってしまい、それまで待ってはいられないというので、一番近いコンビニに駆け込んだのである。

実浩は長いまつげを伏せて、数字が動くのを見つめた。

ようやく終わりが見えてきた。

店内にはひっきりなしに客が出入りしている。雑誌の前で立ち読みをして動かないサラリーマンふうの男性や、スナック菓子の前で話している親子連れなど、客層も様々だ。大学生くらいの女の子が弁当を温めてもらっている姿もある。

それを見て、ぼんやりと明日の夕食は何を作ろうかと考え始めた。

考えているのは今日ではなく、明日のことなのだ。今日は残業があるから、帰りに待ち合わせて外食と決まっている。だが明日は早めに帰れる予定なので、作る時間もあるだろうし、今日の夜から下ごしらえをしておくのもいい。

一緒に暮らしている恋人の好きなものでも作ろうか。それとも冷蔵庫に残っている食材を中心にしようか。

ぼんやりと外を眺めていると、ふいに背後から声をかけられた。

「終わってますけど」

「え……あっ、すみません……!」

少し離れたところには、大学生くらいの青年がノートを手に立っていた。今まで気がつかなかっただけで、実は機械が空くのを待っていたようだった。

実浩は慌てて紙の束を抱えて横に退いた。コピー機のすぐ隣にはアイスクリームの入ったケースがあって、その蓋の上でも紙を纏める作業はできそうだ。

「これ、忘れてる」

残された原稿が、ぶっきらぼうに差し出される。

「あ、ごめん。どうもありがとう」

重ね重ね申し訳なくて、実浩は下を向きながら作業に戻った。纏めた紙を整えていると、隣で青年がコピーを始めた。

彼の顔には見覚えがあった。

実浩の勤め先、湯島設計事務所が入っているマンションに住んでいる青年だ。今まで挨拶をしたことはなかったのだが、それなりに目立つ容姿で印象に残っていた。

世間的な基準で考えて、彼は格好いい男であるだろう。フレームレスの眼鏡も、彼の印象を知的にしこそすれ、マイナスの印象にはしていない。

(でも、雅人さんほどじゃないな)

ちらりとそんなことを考えていたものの、すぐに頭の中からそれを追い出した。恋人を誰かと比較する意味なんてありはしない。ましてろくに知らない相手だ。

実浩にとって雅人は、唯一無二の存在なのだ。憧れの延長にあるような恋をしていたときも、それを失ったときも、他の人間が実浩の中に入り込んでくる余地はなかった。もちろん取り戻した今もそうだった。

「あれ……」

指先が少しひりつくと思ったら、右手の中指の腹に、うっすらと細い傷ができていた。すでに血が滲んできている。

紙で切ってしまったらしい。傷の端で、血がぷっくりと玉を作りかけていた。

このままでは紙を汚してしまう。

ティッシュでもあればよかったのに、どうせすぐだからと、実浩が持ってきたのは財布のみだ。

どうしようかと考えて、とりあえず指先を口に運んで血を舐め取る。

鉄の味が口の中に広がった。

作業のためには、ティッシュより絆創膏だ。振り返った先にはちょうど欲しいものが売っていて、実浩はそれに手を伸ばそうとした。

「切ったの?」

またいきなり声をかけられて、実浩は面食らう。

「あ……うん」

「一枚でいいなら持ってるよ」

差し出されたのは外袋が少しばかりよれた絆創膏だったが、中身のほうはちゃんとしていそうなものだった。だだし何かのキャラクターものらしく、外袋にもテープの部分にも、薄緑色のインクで絵がプリントされていた。

確かに必要なのは一枚だけだ。事務所に帰れば、中身の充実した救急箱があるし、もちろん自宅にも常備してある。

たった一枚のために、一箱買う必要はない。

「急がせたから切っちゃったんだろ。だから、お詫び」

青年はそう言いながら左手で外袋を破いて絆創膏を取り出すと、実浩に手を出すように、相変わらず愛想無く指示を出してくる。

「あの……」

「ほら」

いきなり手を掴まれて、肩の高さに引き上げられた。そしてそのまま、傷の付いた指に丁寧に絆創膏が貼り付けられる。

「あ、ありがとう……」

「あんた、うちのマンションの人だよね?」

「住んでるわけじゃないんだ。会社が入ってて」

「ふーん、バイト?」

やはり、と実浩が小さく嘆息する。思った通り、社会人には見てもらえなかったらしい。

彼はコピーのことなど忘れたように、実浩に向き直ったままだ。幸いにして、次の利用者は現れていない。

「この間まではバイト。春から正社員になったよ」

「……年。いくつ?」

「二十二」

「マジ?年下かと思ってた」

目を丸くしながらの言葉には悪気はなさそうだが、実浩にしてみればあまり嬉しくはないことだ。だからといって怒るほどのことでもなく、曖昧な苦笑を浮かべて三センチほど厚さになった紙を綺麗に整えた。

「ごめん、気ぃ悪くした?」

「そんなことないよ。それじゃ、戻るから。これ、どうもありがとう」

実浩は軽くぺこりと頭を下げると、頼まれた買い物をして事務所へと戻った。青年はまだコピーをしていたが、こちらを見ていて小さく手を振ってきた。

(今度から、会ったら挨拶をしたほうがいいんだろうな……)

もっとも時間帯が合わないので、滅多に顔を合わせることもないだろう。実浩は一年以上も前からアルバイトをしているが、今まで彼に会ったのは、おそらく五回もないはずだった。

音のうるさいエレベーターに乗って、事務所のあるフロアで降りる。

事務所のドアノブに手をかけようとすると、隣の部屋のドアが開いて、顔見知りの人物が出てきた。やはり隣もオフィスで、書籍関係のデザイン事務所だった。

「ちょうどよかった。今、持って行こうと思ってたんだよ」

そうして渡してくれたのは、彼の実家から送られてきたという日本酒の四合瓶が二つ。一方的に聞かされた話によれば、彼の実家は造り酒屋で、こうして定期的に酒が送られてくるのだそうだ。

「いつもすみません」

「いえいえ。今度、飲みに行こうよ。飲めるんでしょ?」

ぽん、と肩に手を置かれ、愛想笑いも引きつってしまう。

「多少は……」

実浩の両手は紙の束と酒の瓶ですっかり塞がっていて、べたべたと触ってくる男の手を振り払うこともできない。

両手が空いていたとしても、そうそう隣人にそんな態度は取れないだろうけれども。

「矢野くんには、ワインなんかのほうがいいのかなぁ」

「でも、そんなに飲まないので……」

「じゃあ食事でも」

絡みついてくる熱っぽい視線は、けっして気持ちのいいものではなかった。

悪い人ではないと思うし、人柄について特に思うことはないのだが、この視線と、過剰に触れてくることに関しては歓迎できない。

鋭いとは言えない実浩にだって、彼が自分を見て何を考えているかくらいわかっている。

「あれ、ちょっと痩せた?」

「いえ……変わらないですけど」

「そう?服のせいかな。うん、でも相変わらず可愛いね。本当に恋人いないの?」

「あの、すみません、ちょっと急ぐので、失礼します」

実浩はぺこりと頭を下げて、逃げるように事務所へと駆け込んだ。

ドアを開けると、すぐにパーテーションがあり、その向こうに机が四つ入っている。壁という壁は棚で覆い隠されていて、そこにはぎっしり資料が収まっていた。

背後でドアが閉まる音を聞いて、実浩はほっと安堵の息をもらした。

「お帰りー」

出迎えの言葉を向けてきたのは、先輩の岩井剛史だ。三十歳の彼は一級建築士で、とりあえずこの事務所の中では実浩に一番年が近い。

社長の湯島と岩井、他にもう一人社員である波多と実浩。これが事務所のすべての人間だ。

波多は朝から現場へ行っており、今日はまだ顔を合わせてもいなかった。

実浩は溜め息をついて、机の上に酒瓶を置いた。

「また隣?」

「はい」

「ありがたいけど、見え見えなんだよなぁ……」

岩井は大きな溜め息をついて、瓶のラベルを覗き込んだ。大吟醸、と呟いてから、視線を実浩に向けてくる。

言いたいことはわかっていた。

隣の社長は、どうやらカミングアウトしているゲイらしい。そして去年の春までは、こんなふうにお裾分けをしてくれることもなかったそうである。

「矢野くんが来てからだもんな。飲みに誘われても行くなよ?」

「それは、もちろん」

もとより行く気はまったくない。自分に気があるとわかっている相手の誘いに乗る気はないし、一緒に飲みたいとも思わなかった。

実浩はふと気がついて、岩井に言った。

「社長はもう出かけちゃったんですか?」

「うん、ついさっき。ほとんど入れ違いだったけど、会わなかったんだ?」

「はい」

クライアントに会う予定があるのは知っていたが、少し早く出かけていったらしい。雇用主が不在となったので、これでまた雑談が始まるのは間違いなかった。

岩井はしげしげと、もらった酒のラベルを眺めている。

「純米じゃないんだな……」

「ダメなんですか?」

「いや、そういうわけじゃないけど。好みの問題だよ。俺はさ、醸造アルコールが入ってるのは、あんまりね。例外もあるけどさ」

「そういえば、雅人さんもそんなこと言ってました」

日本酒はあまり飲まないのだが、たまに飲むときは、とにかく純米がいいらしいのだ。実浩にはあまりわからないことだった。

「だろ?絵里加もそうなんだよ。似てんだよね、酒の好み。……あれ、どうしたの。それ」

目敏く指の絆創膏を見つけて岩井は尋ねてきた。

ガーゼの部分にはうっすらと血が滲んでいる。もう血は止まっているだろうが、赤く染みができてしまっていた。

「ああ、さっき紙で切っちゃったんです」

「あらら。でも周到だな」

絆創膏のことを言っているのは確かめるまでもなかった。

「これは……その、もらったんです」

「誰に?」

「すぐ後でコピー機使ってた大学生っぽい……あ、岩井さん知ってるかな。ここに住んでる人ですよ。背が高くて、縁なしの眼鏡かけてて、ちょっと格好いい感じの……」

「ああ……あれかな。うん、いるよね。たまに会うよ」

岩井はすぐに誰のことかがわかったらしい。やはりそれだけ、人の印象に残る人間だということだろう。

しかし彼は浮かない顔で続けた。

「親しいの?」

「いえ。今日、初めて喋ったんですけど」

「ふーん……ま、とりあえず注意しときな。ちゃんと目を光らせとけって、俺も絵里加から言われてんだよ」

溜め息をつきながらも、彼は恋人の名前を口にするときだけは、そこはかとなく嬉しそうな顔をして見せる。

いつの間にか、名前を呼び捨てるようになったらしいが、それを第三者に向かって言うことにまだ慣れてはいないのだ。

どうやら交際は順調に続いているようだった。

岩井の恋人の南絵里加は、実浩の恋人の幼なじみなのである。こちらの関係についても知り尽くしていて、その上で気にかけてくれているのだ。

「そんなに危なっかしいですか?」

「ていうか、ほら、矢野くんて美人で可愛いし、隣は露骨に気があるとこ見せてくるしさ。君の場合、男の親切には注意したほうがいいって話」

「はぁ……」

けっして本意ではなかったが、忠告はありがたくいただくことにした。

実浩の恋人は同性である。そしてかつては親友にも告白されたことがあったし、隣の社長の下心つきの好意もわかっている。

だから自分が同性に興味を持たれるということを否定する気はないのだ。かといって、近づいてくる同性を片っ端から警戒するほど、自意識過剰にもなれなかった。

恋人の雅人はときどき、「綺麗」だの「可愛い」だの、恥ずかしくなるようなことを臆面もなく口にする。岩井や絵里加にも言われることがあるし、隣の社長もこちらが気恥ずかしくなるほど容姿を褒めてくる。

昔からたまに女の子に間違えられていた。冬になって厚着になり、コードなどで体形が隠されてしまうと特にそうだった。

いつまで経っても、ちっとも男らしくならないと、実浩は溜め息をつきたくなる。

小さな顔に、象牙のような肌。長いまつげに縁取られた大きな目や、ふっくらとした唇は、確かに実浩の顔を甘く作りあげていて、二十二歳になった今も男らしいとはけっして言えなかった。

ただ人から言われる言葉が、「可愛い」より「綺麗」が増えたというだけだ。

どちらも男に言うことではないと、実浩は思っているけれども。

「妙に色気もあるんだよなぁ」

「岩井さん……」

「いや、ほんとに。それは絵里加も言ってたし。あいつさ、自分は色気がないって、とりあえず自覚してるみたい」

「でも、絵里加さんてものすごく美人じゃないですか」

まさに美女、という言葉がぴったりの女性なのだ。どちらかと言えば派手だが下品ではなく、かといって近づきがたいほど上品でもない。知的で、センスだっていい。なのに、色気というものがないのだった。

これは実浩の恋人も、密かに言っていることである。

「ま、俺はいいんだけどね」

「結局、のろけたいんですね?」

思わずくすりと笑うと、岩井は慌てて手を振った。

「違う違う」

「じゃ、無意識なんだ」

「先輩をからかおうなんざ、十年早いぞ。俺らのほうより、そっちはどうなんだ?」

「どうっ……て?」

「決まってるだろ。同棲だよ、ど、う、せ、い」

わざわざ言葉を区切るようにして言って、岩井は身を乗り出してくる。

実浩は去年から、恋人と同居しているのだ。それまでは大学にほど近い、学生用のアパートに住んでいたのだが、誘われるまま恋人の下へと行った。

それを岩井は知っているのだった。

「同居って言ってください」

「はいはい。で?」

「別に不自由はありませんけど」

「そりゃそうだろ。楽しそうだもんな。矢野くん、前より明るくなったよ」

しみじみと呟かれて、実浩は苦笑いを浮かべるしかなかった。

「暗かったですか?」

「というか、影があったな。視線も遠かったしな」

「はぁ……」

「それはそれで、壮絶に色っぽかったほど。バイトの面接にきたとき、正直びっくりしたし。男でこんなのありか、って思ったね」

自覚はしていないことばかりだったので、つい生返事になってしまう。自分では普通に振る舞っていたつもりだったが、気持ちは隠しきれていなかったというわけだ。

恋人と再会したのは半年ほど前のことだった。

今から五年ほど前に、実浩は数ヶ月間の短い恋をした。高校生のときだった。だが恋人の父親に反対され、別れるように言われ続けて、疲れ果てた実浩は、自分から相手の手を振り切るようにして背中を向けてしまった。

それでもずっと好きだった。自分から捨てることになった恋人だけを思い続けた。

遠くなってしまった人だけを心にすまわせて、一人で過ごしている間、ずっと実浩の気持ちは沈んでいた。おそらく視線はいつも、遠くにいった恋人を見つめていたのだろう。


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